『蛇むこむかし』 41・2 奥村幸雄氏との共編 A5版 88頁
米沢民話の会を発展的に解消して、置賜民俗学会を作り、その第一回目の民俗調査を白鷹町で実施することにしたのは、もっぱら奥村幸雄氏の甚力によってであった。昭和40年の夏のことである。暑い日に最上川の川べりをテープコーダーを肩にして歩いたことを思い出す。菖蒲の渡し舟で行ったり来たりもした。「村組織」「経済伝承」「口承文芸」が私の一応の担当であったが、奥村先生の手引きで、その後も中山、貝生、蚕桑、鮎貝などを訪れて補強した。特に興味のあった昔話だけは何とかしなければと考え、冬までかかって奥村先生に同道してもらって聞いたのをまとめたもので、奥村先生のお母さんなども自ら話者になって下さった。工藤六兵衛さんにお会いしたのもこの時が最初で、工藤兵次さん、中山の山川さん、菖蒲の安久津さんなど、すばらしい話者にめぐり合った。一年ほど後に、松谷みよ子さんを案内することになったのも、この時のことがあってである。中でも蚕桑の佐藤まつさんが元気な頃の話をきいた私が一年ほどして大病後再びお邪魔して、全然思い出していただけなかったのを見て、昔話が緊急の調査を要するものだと知ったものであった。組織的に一つの地域を調査することの意味を自覚させたのもこの時であった。昔話の楽しさも教えられた。「文化圏論」みたいなものを巻末にのせたが、後に瞽女の置賜との関係による口承文芸の成立につながるメモになっている。工藤兵次さん宅で、「古実今物語」を見せてもらったのも忘れがたい。後に工藤六兵衛翁の200話に及ぶ話をきくことになる契桟もここで生まれたものであった。本格的に昔話研究をやることになったのもこのガリ版のおかげである。