92 一言葉十両

 むかしむかし、ある村さ一生懸命働いて小金も少し貯ったし、これから江戸見物でも行って来っかなぁて、小金背負って江戸さ見物出かけたんだど。
「ああ、ほっつこっつ見物したげんども、大したものもないもんだなぁ」
 なて、ずうっと見物して行ったらば、立札たっていだんだけど。〈一言葉十両〉ていう立札たってだ。ほれから中年のおっつぁんがどういうもんだべと思って、
「今日(こんにっ)つぁ、今日つぁ」
 て入って行った。
「立札たってだげんども、一言葉十両ていうな、どういうもんだべっす」
 したらば、すばらしいお屋敷さ羽織、袴でいた人が、こういうこと言うけど。
『賞めるものには油断するな』
 ほしてまず十両取らっだんだどはぁ。
「いやいや、十両とらっでしまった」
 ほして、またずうっと行ったらば〈一言葉十両〉ていう立札たってる。ほこさ入って聞いてみたらば、
『短気は損気』
 ほこでまた十両とらっでしまったんだけど。またずうっと行ったらば〈一言葉十両〉。
「うん、また、どうせこうせ、また入って見っか」
 て言うわけで、入ってみたれば、
『いそがば廻れ』
 ていうど、また十両取らっだんだけど。
「はぁ、何にも買わねで、三十両も土産買わねで取らっでしまった。はぁ仕方ない、これも人生の勉強だ」
 と思って、ずうっと行った。ほして暗くなったんだす、どさか泊んなねていうわけで、旅篭屋さがして泊ったんだど。ほうしたれば、そこの旅篭屋だ、
「いやいや、お客さま来た。まず上がらっしゃい。酒よ肴よ、ほれ女よ」
 て、愛想ええこと。ほうしたれば、賞め方だ。男ぶりはええ、体格はええ、何てこだい気風(きっぷ)のええ男だべ。何だべ、かんだべ。まず賞めらっで賞めらっで、とてつもなく気分がええぐなった。
「お湯さ入ってけらっしゃい」
 て言うわけで、お湯さ入った。ほしたれば湯番しった女中が、そのお客さんさ囁いだんだど。
「ここの家は恐かない家だからな。まず金取りはげしくて、生命も何もあったもんでない。んだから、あれ、逃げ路教えっから、そっと逃げらっしゃい」
「…」
「裏の家出っど、大きな池あって、ほこの池さ石ちょこん、ちょこんとあって、ほこんどこ棒でさがして上がって行くと、バラの根っこあっから、バラ株んどこずうっと行ぐど、一本道あって、どさも寄らねで真直ぐ行(い)がっしゃい。そこぁ番人から決して見つけらんねがら、ほっから行ぐどええから、狢おどしだの、孔だのて、その他いろいろあって、出はらんねように仕組んであんなだ。ほこ一本道だけは抜け道あんなだから、ほこ、そっと夜逃げて行かっしゃい」
 て教えだんだど。
「ありがとうさま。ありがとうさま」
 何べんも親父は礼言って、
「よし、今夜、おれば殺しに来んのだ。ほしておれの有り金、みな取る積りだな。油断はさんねぞ、んだら、ようし」
 て、表さ行って、箒さ頬冠りさせて、枕さちょうど寝っだような格好させて、ほして隅(すま)コの方さ菰(こも)かぶって、そっと隠っでだ。
 夜中になったれば、二本差しの侍来て、気合いもろとも切りかけた。上段にふりかぶったけぁ、「えっ」て言うど、喉笛切った。ところが、はいつは失敗したわけだ。箒ば切った。親父はほっからいきなり出はって、
「これこれ、何をする」
 刀は持って来たげんど、実は剣術は何にも知しゃね。ほこの旅篭の旦那だった。ほして、人を殺して銭盗ってだ。そいつがこんどはばれたわけだ。ところがさっき十両を出して、『賞めるものには油断をするな』、まず油断しなかった。まず助かった。こんどは、『短気は損気』。ほこでごしゃえではまた、何故なっかわかんね。ほうしたけぁ、
「いや、勘弁して呉らっしゃい。銭だら、なんぼでも出すから、どうか勘弁してけらっしゃい。他言無用にして呉(け)らっしゃい、どうか一つお願いします」
「やかましい、奉行所さ訴える」て短気起すかと思ったげんども、十両出して、『短気は損気』ていうこと聞いた。
「よし、はぁ、ここで短気起こしては駄目だな」
 と、こう思って、
「ええ、勘弁してやる。金はなんぼ出す。なんだお前、侍のような格好して来たげんども、人を切るにふるえているではないか。何人切った。罪は問わねげんど銭はなんぼ出す」
「まず、五十両もお上げすっだいげんど」
「どうだ、百両も出さねが」
「いや、まず、五十両で勘弁してけらっしゃい」
「ええ、ええ、んだら五十両」
 ほして、三十両で言葉買ったげんども、そこでは五十両もらって、差し引き二十両もうけて、ほっから出はろうとした。
 ところが、さっき女中から聞いっだ、癖のわるい親父だから、どこで何(なん)た細工すっか分らね。機嫌ええぐ五十両出したげんども、また途中でバッサリやって取りもどすか分んない。人のついていねどこ、さっき女中から教えらっだどこ、跳ね石渡って、狢落しあっどこから、バラあっどこ、そして一本道さそろっと抜けた。何にもないがった。そしてずうっと来たれば、舟の渡し場あった。何だか知しゃねげんども、二三日雨降ったせいか、増水してだ。お客さまいっぱいいて、テンヤワンヤだ。
 ところが五十両も銭持ってだんだから、銭でのる気だら簡単だ。早く家さ行きたいて早る気持もあったげんども、さっき十両で買った、『いそがば廻れ』ていうことを思い出した。
「ははぁ、ここだ、あんまり急いで渡ってはうまくないことあってはなんねぇ、廻んべ」
 て、こういうわけで、浅瀬ないか浅瀬ないかと思ってずうっと廻って行ったらば、浅瀬で膝没しないぐらいの浅瀬あった。ほこずうっと渡って、難なく来て、元の渡舟場まで来てみたれば、
「さっきだ出た舟、あんまりのせ過ぎて、ひっくら返って、お客さまみな死んだど」
 ていう話あったんだど。んだから、ほこで、
「ああ、あの十両は、いそがば廻れていうことは大したもんだ」
 て、三十両は出したげんども、人生の勉強、うんとして、しかも五十両もうけて、ゆうゆうと家さ帰って来たけど。ドンピンカラリン、スッカラリン。
(集成「話千両」五一五)
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