70 大岡裁き ― 蓮の葉往生 ―

 むかしむかし、そのどこの家でも面白いことばっかりなくて、嫁と姑が意見が違ったり、なんかしたり、年寄って来っど姥捨て山でないげんども、敬遠さっであまりよくない状態がどこの町でも、どこの村でも続くようになったんだげど。
 ほしてある時、江戸表で蓮の葉往生ていう場所が出来て、ほしてほこさ行って、蓮の花の中さ入って眠るがごとく往生する。それが次から次へと町から村、村から部落と、ずうっと伝わって来て、もう列をなして蓮の葉往生さみな行った。小金持(たが)って、ほして蓮の葉往生、これぁまたきれいなもんだ。そしてもう気持ちええぐ、眠るが如く死ぬそうだということを、ずっと評判になって行った。
 ほして今日も何十人、明日も何十人。
 ところがほこさ行って遠くから聞いてみっどすばらしい笛や太鼓の音楽で、ほしてその音楽で眠るがごとく死んで行く。これは不思議なことだと、それを秘かに内偵していた大岡越前守は、
「ほだな馬鹿な話ない。人間が音楽やなんかで眠るがごとく死ぬなんていうのは、何かきっとある」
 そして自分の腹心の部下、屈強な腕効きの部下をそこさ客に仕立ててやった。
 ところがそこではずっとみな、お客さま次から次へとはぁ、音楽で往生して行く。いよいよもってその侍の番に来たれば、いぶかしがらっだ。
「なんで、ほだい若くて…」
「いやいや、この世に望みていうな、ないんだ。女房には先立たれ、子どもには疫病で逝くならっで、一人ぼっちで世の中もう面白くない。まぁゆうゆうと蓮の葉往生でもすっかと思って罷(まか)り越した」
「ああ、そうか、ほんでは」
 て言うわけで、その蓮の葉の中さ入って行って見た。ずっと見渡してみたれば何一つ不思議なこともない。
「これはおかしいもんだ」
と思って、ちょっと下見たれば、差し渡し二寸ぐらいな孔があいてだ。
「はてな、ここはくさいぞ」
て言うわけで、ほこさ、懐さかくし持って行った鉄板二枚敷いていた。まもなく音楽が始まった。そしてその音楽が最高潮になった頃、チャリンと音した。そして身構えて下の方見たらば、真赤に焼けた槍、ほっから突き通してよこして、その槍でメッタ突きして殺すのだけど。ほんでチャリンていうて刺さらね。こんど泡食った。ほこさ、もしも失敗したときはということで、囲(かこ)ってた侍がバラバラと出はってきた。ほして蓮の花開けて中から出はってきた。ほして蓮の花開けて中から出はって来た奴をぶった切らんとした。ところがそれは腕ききの剣術の名人なもんだから、そんな三ぴん野郎どもに負けるわけない。片っ端からねじ伏せて、そして呼子を高らかに吹いた。ほうしたら御用御用というわけで、そこらさ隠っでいた。岡っ引みな集まって来て、たちまちみな手入れさっで押えらっでしまった。
 で、結局、蓮の葉往生なてなくて、無理殺しの銭取りであったど。それから蓮の葉往生ていうのはなくなったていうわけだ。ドンピンカラリン、スッカラリン。
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