66 大岡裁き ― 町奉行になる大岡越前 ―/H3>  大岡越前守があるとき、城中に呼ばれて、八代将軍吉宗から、
「どうだ、お前ば町奉行にしたいが、心構えがどうか」
 て、町奉行の内示さっで、ほの決心のほどを聞かっだんだど。すると忠相ていうたげんども、忠相は、
「上様、家さ帰って家内と相談の上、御返事上げます」
 て言うたんだど。ほうしたればあまたの他の役人は、どっと笑ったんだど。
「ほだい、忠相ざぁ、かかに尻に敷がっでいんなだべか」
 ところが大岡越前守は家内さ言うた。
「実はこういうわけで、南町奉行所の要職を内示さっだ。引き受けてええか、悪が」
 て、奥さんさ聞いたんだど。したれば、
「ほだいええ位につくんだも、異存のあるはずはない。どうぞ勤めなってけらっしゃい」
 て言うた。
「ほうが、異存ないか」「あるわけないっだなっす」て言うたど。
「よし、んだか、んだらば今から登城して承諾して来っから、裃(かみしも)出せ」
 裃出した。
「その代り条件がある。おれのいろいろな裁き、その他に対しては、お前一切口入れしないか」
「いや、そういった政治、男の問題に対しては口入れ一切いたしません」
「ほうか、よしよし、分かった」
 裃のカミを着て、シモをはいた。ところが尻ごしねじって出かけた。ほうしたら奥さんが、
「ちょっと待って呉(け)らっしゃい、お尻ごしがねじれております」
 て言うた。ところが大岡越前守が、
「それそこだ。何も言わねて約束したばりでないか、町奉行を仰付かるくらいのこの忠相、なんで尻ごしねじっだな分んねでいるもんでない。分りすぎるほど分んのだ。お前が言うか言(や)ねがと思って試したんだ。ええか、罪科人というものはおれ方からばり出るとは限らない。お前方の身内から出ないとも限らない。そういう場合、お前から言(や)れっど、どうしても決心がにぶって来る。そこをおれは言うたなだ。相談すんなねて、上様さ言うたのもそこだ。そこさえすっきりして置けば、正々堂々といつでも裁きができる。そのためにおれはわざわざ時間かけてもどって来たんだ」
 ていう名場面があったそうだ。ドンピンカラリン、スッカラリン。

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