55 太公望のはなし

 むかしむかし、支那に太公望という人がいて、毎日毎日雑魚釣りしているんだけど。んで奥さんが、
「まず、ほだい雑魚釣りばりすねで、家の仕事もして呉(け)ねが」
 なんぼ奥さんが言うても見向きもしねで、雑魚釣りばりしった。
「おら、出て行くぜはぁ」
 ほだごと言っても、雑魚釣りばりしてだ。来る日も来る日も雑魚釣り。業を煮やした奥さんが出て行ってしまった。その前に一言、この太公望が、
「もう少しで、おれ、ええどこまで行んから、何とかなっから我慢して呉ねが。いま少し我慢して呉(け)ろ」
 て、頼んだげんども、振り切ってはぁ、奥さんが、しびれ切らして出はって行ってしまった。ところが雑魚釣りしてるうちに、普通の人ぁ曲った針でないと釣んねのを、太公望だけが真直な針でも曲った針でも、何(な)んた針でも雑魚釣るいようになった。はいつ、ここらで言えば殿さまに認めらっですばらしい位につくようになった。雑魚釣りの大先生になってはぁ、高給とりになった。
 はいつ聞いだけぁ、元の奥さんがのこのこやって来て、
「とうちゃん、とうちゃん。ほんではまた明日から、おかたになっから」
 て言うわけで、再縁を迫って来たわけだど。ところが太公望という人は、かかさ、
「お盆さ水もってこい」
 ほして、お盆さ、だっぷりなみなみ水をもって来(こ)らせて、そいついきなり引っくり返した。
「ほの水、またもって来い」そして、「ほだな、こぼっだ水、分かんねべした」
 そん時、言った言葉は、
「覆水(ふくすい)、盆に返らず」
 て言うたんだど。ほして再縁しねがったど。ドンピンカラリン、スッカラリン。
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