46 片鬢片眉毛

 むかしとんとんあったずま。
 ある村で、庄屋さんと和尚さんが非常に将棋好きで、毎日毎日将棋さし来る。あっちから来ねど、こっちから行ぐ。 こっちで行かねど向うで来る。いや、はいつ家の人ぁ、きしゃ悪(わ)れくて、きしゃ悪(わ)れくて(嫌で)分んない。 将棋さし始まったんだら、まずはぁ、一日べったり打つ。いそがしい時なんか困ったもんだ。んだげんども道楽どて仕様ない。
 ほこの女中さんが煙草喫みのみ将棋する。んだもんだから、囲炉裡の炭くるっと埋けてはぁ、蜜柑の皮ば火みたいに見せっだんだど。 ほうしたれば、ほのお寺、
「なんだか、今日負けそうになったれば、煙草まで味すね」
 ちょっと点(つ)けてスパスパと喫ってはポンと叩(はた)き、ちょっと喫ってはポンと叩(はた)き目離さんね。 そいつ見っだ女中さんが、面白(おもしゃ)くて仕様ない。アハハ、アハハて…。
 ところがその時、年貢量(はか)りに来て、一俵もって来たなさ、四升返さんなねがった。三斗六升に対して四升返さんなね。 はいつ、四升量んなばはぁ、七升も八升も量(はか)ってしまった。面白くて忘(わ)せではぁ。
 はいつ見っだ若衆ぁ、
「何だべ、あの女中、馬鹿であんまいか。笑いころげて、四升量れて言わっだの八升だぜはぁ、ありゃありゃ、また量る」
 なて、はいつばり見てるうち、ワラジ作りしったな、ツツコも立てねで、ワラジ二尺も作ってしまったはぁ。
 はいつ見っだ魚(いさば)屋、「こんちは」て行って、「魚、なんたっす」て行ったげんど、 ワラジ作りぁ女中の顔ばり見てワラジ作ってるもんだから、
「なんだべ、あそこの若衆、つうとパァであんまいか」
 と思ったれば、ほだいしているうち、二尺も作ってしまった。
「二尺もワラジ、ツツコも付けねで作るなて、馬鹿野郎ほに…」
 て、いだんだど。ほして面白くて、はいつ見っだれば、こんどほの魚屋の着(つ)けてきた荷物の中から、 猫ぁ魚一匹くわえて走って行き、また別な猫ぁ来て、魚くわえて走って行きするんだど。はいつ見っだ床屋、
「なんだべ、あの魚屋、馬鹿であんまいか、みな魚盗られんな知しゃねで、ありゃ、ほりゃ、またくわえて行った。 ああ、またくわえて行った。なんだべ、バカ魚屋、ほに…」
 なて、ほっちばっかり見っだれば、自分がお客さまの眉毛(このけ)と鬢(びん)と片方落してしまったんだど。 ほして片鬢、片眉毛にしてしまったんだどはぁ。ほしたけぁ、奉行様、
「はい、はいつぁええことした、床屋、お前偉い。わが藩ではこの片鬢・片眉毛ざぁ、スリさして呉れることにする。 江戸ではスリ髷(まげ)というて、スリする者さ、髷げの結い方別にしてるそうだ。町奉行の大岡越前守さま、スリは大いに奨励する。 スリは結構だ。んだげんどもスリだっていうしるしなければなんね。スリ髷を結わねくてはなんね。 スリが来てもとられるほど抜けてる奴では、とる方悪れんでなくて、盗られる方悪れなだから、スリは構わね。 当藩ではスリ髷でなくて、片鬢片眉毛がスリのしるしにすんべ」
 て、ほんどきから片ビン片コノケざぁ始まったんだど。ドンピンカラリン、スッカラリン。
(集成「三尺草履」三九三)
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