43 鳥呑爺

 むかしとんとんあったずま。
 あるどこに、じんつぁとばんちゃいだけど。ほうしてじんつぁが毎日山さ薪とり行ぐんだけど。
 春の天気のええ日、ばんちゃ弁当こさえで呉(け)で、一生懸命柴刈っていだんだど。ほして
「ヤレヤレ、昼間になったから、昼間(休み)でもすんべ」
 と思って、蓑敷いて弁当開き始まったんだど。したれば前の木の枝さ、きれいな鳥コ一羽とんできて、さえずっていたんだど。その鳴き声が何だかとっても面白い鳴き声する。 よっく聞いてみたれば、
   アヤニチュウチュウ
   ニシキ サラサラ
   五葉のお宝持ってまいろう
   ツヅラプンパイ パラリコ ピン
 てさえずったんだど。
「はぁ、面白い鳴き声する鳥もいればいるもんだ」
 ていたんだど。ほしてあんまり上手に鳴くもんだから、聞き惚れて、御飯食うのも忘れで、ポカンと口あけて見っだんだど。 したればパタパタと飛んで来たけぁ、そのじんつぁの口の中さ、ヒョロッと入って行ってしまったんだけどはぁ。 じんつぁ、「あらら」と、なんぼイッヒン、イッヒンて咳しても出てこねぐなったんだど。
「ああ、こんど困ったこと始まった。こりゃ」
 と思って考えっだんだど。したらば下腹(したっぱら)の方が何だか張ってきて、屁出っだくなったような気する。
「んじゃ、一つふんばって、山だから、たっでみっか」
 と思って、屁たっでみたんだど。ほうしたれば、さっきと同じように、
   アヤニチュウチュウ
   ニシキ サラサラ
   五葉のお宝持ってまいろう
   ツヅラプンパイ パラリコ ピン
 そういう屁たっでしまったんだど。
「こりゃ、仕事どこでない。ばんちゃさ行って、屁聞かせんなね、まず」
 て言うて、山から、がらがら降(お)っで来て、
「ばんちゃ、ばんちゃ」
「なんだ、なんだ、じんつぁ、焚物も背負わねで来て」
「いやいや、とんでもないこと、今日あったもんだ。仕事どころでない。面白(おもしゃ)い屁たれっから聞いてみろ」
「なんだ、じんつぁ、人の前で屁たれるなんて、なんぼおかただて、ほだな不調法な話、あんまいな」
「ええから我慢して聞げ」
 ほうして頑張って一発たっだれば、
   アヤニチュウチュウ
   ニシキ サラサラ
   五葉のお宝持ってまいろう
   ツヅラプンパイ パラリコ ピン
 て、同じ屁だど。何べんもたっでみせた。ほうしたれば、ばんちゃ、
「いやいや、面白い屁なもんだね。こりゃ、魂消だって、なんぼ聞いても聞き飽きね屁なもんだな」
 ほだえしているうちに、村中の人ぁ集べて屁聞かせだんだど。だんだん町中さ屁の噂ひろがって来て、殿さまのお耳さ入ってしまったんだど。 ほして殿さまからお呼び出し食ったわけだ。ばんちゃがこんど新しい褌と、きれいな浴衣洗濯したな着せて、お城さ上げてやったんだ。ほして門番どこさ行って、
「屁たれじじいが、まかり越した」
「ああ、よく来た。よく来た。殿さまがお待ちかねだ。殿さまの前で屁たっで見せるがよい」
 して、殿さまのどこさ行った。殿さまは、
「そういう屁たれる者は、日本にはいないだろう。家来や腰元、女中みんな呼んで聞かせることにした。 そうしたら、じんつぁがおもむろに浴衣をまくって、そして褌の隙間からさっきの鳥の鳴き声の屁の音、おもむろに出してやった。
   アヤニチュウチュウ
   ニシキ サラサラ
   五葉のお宝持ってまいろう
   ツヅラプンパイ パラリコ ピン
「いや、これはすばらしい音だ。世界一だ。もう一発聞かせてくれ」
 こころゆくまで殿さま喜んで御褒美いっぱいもたせて、着物、帯、銭、やっと背負うほどじんつぁさ持たせて帰してよこした。
 したれば、そこさ隣のばんちゃが遊びに来て、
「おまえの家ぁぜいたくだごだ。ぜいたくだごだ。殿さま着るような着物、帯、ほれからこだいいっぱいの銭どっからどういう風にして、何したんだよ」
 正直なじんつぁ、みな語ったど。
「ああ、屁たっでもらったなが、よし分った」
 みな聞かねうち、ばんちゃ、がらがら家さ行って、隣のじさま、殿さまの前さ行って屁たっで、屁の大好きな殿さまだそうだ。 みな、まず屁たっだらば山ほど御褒美呉たんだど。お前もゴロゴロ寝てばっかりいねで、殿さまの前さでも行って、着物と銭と宝物もらって来て呉(け)ろ、まず」
 て言うたんだど。
「いや、おれぁ気向かね。お城の中ざぁ大嫌いだ」
「ほだごど言うていらんねっだな、まず行ってもらって来て呉(け)んなねっだな」
 なんぼしても嫌(や)んだ嫌んだて言うても分んね。いつも菜っぱと味噌汁ぐらいしか食(か)せたことないばんちゃ、こんどぁ山藷だ、サツマイモだ、屁の出る原料みな集めて、牛蒡(ごんぼ)だって。ほして、「ほら食え、ほら食え」「いや、ばんちゃたくさんだ」「たくさんだなんて言(や)ねで、うんと食ねどええ屁出ねっだな、ほれ、頑張って」  ああ、腹、ほっつ痛(いっだ)い、こっつ痛い。
「つうと痛くなったぜ」
「痛くなったなて、ほこが我慢すんなねっだな。銭いっぱい貰うんだも、銭とりやんまい、死にやんまいて、先(せん)にから言うたもんだ。 銭もらうとき、そっち痛いこっち痛いていらんね」
 ばんちゃにたしなめらっで、うんと本気なて、目の色白黒なって、牛蒡食ったりイモ食ったりした。ほして夜になって、こんど、
「ばんちゃ、便所さ行きたくなった」
「なんだ、便所さ行きたくなったて、屁の元なんねから、便所さなの行ってらんね、お城さ行ってから本気になって、たれらんなねっだな」
 しぶしぶ痛い腹かかえてお城さ行って、
「屁たれじじいが、まかり越しました」
 ていうたれば、
「お前、また来たか、きのうの奴と違う奴だな、よく向うの方には屁たれの上手な奴がいるらしいね。お殿さまんどこに御案内すっから」  て、お城の中さ行った。ほうしたれば殿さまが腰元から家来から重臣みな総勢集めて、いろいろ聞くつもりで集まった。 ほうして座布団二枚敷いて呉(け)で、そこさ四つんばいになって殿さまさお尻を向けて、屁たれの準備にかかった。
「これ、屁たれじじい、さっそく聞かせてたもれ」
 じんつぁ、前の日から、食いつけねもの食ったもんだから、一晩、腹ぎりぎりたまってだ。 ほしていよいよもって、屁の口をゆるめたところが、食べすぎていたもんだし、一度に爆発してしまったはぁ。 ばぁーっとものすごい音立てたかと思ったれば、汚ないものと一緒に音と正味のものと、みな一緒に殿さまの頭越しに金屏風あたり、 腰元の顔のあたりまで、広間いちめん、どこここなく、みなとび散ってしまった。「ウワラワラーァ」。ほうしたれば、こんどぁ、
「無礼者!!」
 ていうわけで、抑えつけらっで、ひっぱだかれるやら蹴(け)られるやら、顔から頭から体から、血だるま真赤になって、ほして泣き泣き、御褒美どこでない。 味噌さ漬けたような浴衣と褌片手さ持(たが)って走って逃げて来たんだけどはぁ。
 一方、こっちの方では屋根の上さあがって、今帰っか、今帰って来っかと思って、そのばんちゃ、ヘラで尻(けっつ)叩きながら待っていたんだど。
「早く来ねべかな」
 じんつぁ、痛くて泣き泣き来たんだどはぁ。シクジリ辺りまで来たれば、泣き声聞えんなだけどはぁ、アンアン、アンアンて。
 ばんちゃ喜んで、
「ああ、じんつぁ、なんぼええもの、いっぱい貰ったんだか、真室川音頭など唄って来んぜはぁ。うん」
 したところが、何一つもって来ね。赤い着物もらって来たと思ったれば、体中血だらけなて、赤くなって来たんだけど。
「かか、かか、おら、とんでもない粗相(そそう)しでかして、そしてこういう風になって来た。お前行げ行げていうから行ったんだげんども、とんでもないひどい目会って来た。 御褒美どころか傷だらけだ」
 ばんちゃ、はいつ見っだけぁ、
「はぁ、いままで、おら、じんつぁ皆いっぱい着物、帯もらって来たかと思って今まで着てた着物、雑巾にしたり、悪れどこ焚(く)べてしまったりしたった」
「こりゃ、さっぱりなくて裸で暮さんなねべなはぁ」
 ばんちゃも言うたけど。んだからあんまり人真似なのさんねんだけど。ドンピンカラリン、スッカラリン。
(集成「鳥呑爺」一八八)
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