40 鼻水地蔵

 むかしあったけど。この里に中年すぎた働き者いだったど。ほして昔は毎日魚(いさば)屋なて来ねし、動物蛋白が非常に不足するような状態で、 むかしは雑魚せめて言うのしたもんだど。
 ほして、そのある人が滝沢川と大阪川と合流地点あたりまで、ずうっと雑魚せめ行ってみたんだど。 ところがその一方の川の雑魚は大きいし、元気がええ。で一方の川の雑魚が普通だ。「へぇ」。毎日雑魚せめしているその人にはすぐ分った。
「なんで、こんなに元気ええべ」
 て、少し喉乾いたもんだから、水飲み分けてみた。ところが一方の大阪川の水は何だか香もええし、味がある。非常にうまい。滝沢川の方の水飲んでみたら普通の水だ。
「へえ、不思議なこともあるもんだ」
 ほして、その雑魚見っど、大きいばりでない、元気がええ。不思議なこともあるもんだ。ずらっと登って行ったら、堰の傍さお地蔵さんが立っていだっけ。 何の変哲もないお地蔵さんだげんども注意してよっく見たれば、お地蔵さんの鼻から、ポタンポタンと鼻水が落っでいたんだけど。
「へえ、不思議なこともあるもんだ」
 そしてその鼻水の下の方の水と上の方の水飲み分けてみたら、上の方はやっぱり同じような水で、鼻水から下の方は非常にうまい水なんだけど。
「ははぁ、お地蔵さまの鼻水だな」
 ほしてお地蔵さまさ手合せて、
「地蔵さま、地蔵さま、まずおらえの家さ、んじゃて呉ろ(来て下さい)。ほしておれさ、まず、その鼻水御馳走してけらっしゃい」
 こういうわけで、この人が地蔵さま背負(うぶ)ってきて、家の一番ええ座敷の床の間さ飾ってお詣りして、んだげんども、ポッタンポッタン落ちるもんだから、 そこさドンブリ置いっだんだど。ところが鼻水飲んだれば、まず天のお助けだか何だか分んねげんども、田仕事も畑仕事もさっぱりこわぐないんだど。 ほうして仕事は面白い、朝げ早くから夕方遅くまで稼いでも疲んない。疲んないばかりか、われの方も非常に達者になって来た。若返ってきた。んで、ばんちゃが、
「なして、ほだえ元気ええぐなったべ。仕事はバガバガあらいし、あれの方もつよいし、何だか不思議でなんない」
 ほして、ばんちゃがそっと覗(のぞ)くと、ゴソゴソ、ゴソゴソと一番ええ座敷さ行ってる。 焼餅やきなばんちゃなもんだから、そこさ行ってみたらば、地蔵さまから鼻水、ポッタンポッタンと落っでだな舐めっだけ。
 ほして次の日、ばんちゃがそおっとその部屋さ入って行って、
「かいつぁ、こりゃ、おれ舐めっど、父ちゃんにごしゃがれる。いまつうと鼻の孔大きくして呉(け)っど、いまつうと余計出るんでないか」
 て思って、ばんちゃが、ほれ、焼け火箸ば真赤ぐ焼いて、地蔵さまの鼻さ、はいつジュッと入っでやったんだど。 ほうしたれば地蔵さま、バーンとサマから突き抜けて飛んで行ってしまったんだどはぁ。ほうして、
「悪(わ)れごとした。悪(わ)れごとした。まずはぁ、なぜしてお詫びしたらええか分んねはぁ」
 ていたどこさ、旦那さまが帰って来て、
「何した、まず」
「…ていうわけで、おれ、焼け火箸当てたず」
「ほだな失敬な話あるもんでない。んでは今から行って、お詫びして来らんなね」
 ほして、ごったくしてお詫び行ったんだど。
「元のところさ御座ったであんまいか」
 て行ったげんど、ほれから地蔵さま、どこにもいねがったどはぁ。そしてすばらしい鼻水もはぁ、川さ流っで来ねんだけどはぁ。ドンピンカラリン、スッカラリン。
(集成「酒泉」系笑話)
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