1 蛇女房

 むかしむかし、①楢下の宿の中心部より東南の方に、②金(かね)山川(やまがわ)という、とってもきれいな川があったんだけど。 そこさ一軒屋があって、仲兵衛という若者が住んでいだんだけど。
 ところがその仲兵衛はとっても働き者で、毎日毎日、木(き)樵(こり)の山仕事さ出かけてはぁ、その日その日を暮していだんだけど。
 そしてある日、いつものように山さ出かけて行ったれば、ちっちゃこい蛇が落石にはさまっで、うんと苦しんでいだんだけど。③はいつ(そいつ)見(め)けだ仲兵衛は、
「おお、こりゃ、かわいそうだ」
 て言うわけで、④その石ばはねのけて、その蛇ば助けて呉(け)だんだど。ほしてそれから、星移り、月代って幾星霜の歳月が流っだんだけどはぁ。 ところが仲兵衛が毎日、朝げその⑤宮川さ行って、山(な)刀(た)砥いだり、斧(まさかり)を砥いだり、また漱(うがい)手水をしたりしていっど、 ある日、何だかものすごい香がただよってきたんだど。⑥ほしてふと匂いする方見たれば、それはそれはきれいな天人だか、天女だか分らねようなきれいな娘が洗濯しったんだど。
 ⑦ほれから毎日、二人は川で顔を合わせるようになって、ほして、ほのぼのと二人が何となく意識し合うようになったような気がして来たんだど。ほこで、仲兵衛は考えだんだど。
「あぁ、⑧ほだいきれいな人を嫁さんにでも貰ったら、おれは仕合せだげんどな」
 なて思っていたんだど。
「んだげんども、⑨あだいきれいな女が、おれみたいな貧乏人でなく、世間の旦那衆の息子あたり、⑩かまねで置くはずぁない。不思議なもんだ」
 こういう風に思っていだんだけど。んだげんども、仲兵衛は勇気出して「一度話かけてみっかなぁ」なて思ったんだど。
 ほしてある朝、虎の尻尾(おっぽ)踏むような気持で山で大熊と出会ったような気持で、恐かないげんど、まず夢中になって心静めて、ほのきれいな娘さんさ話かけだんだど。
「あの、実はおれは財産も何もない裸一貫の者だげんども、何とかおれと一緒になって呉ねべか」
 こういう風に思い切って言うてみたんだど。ほうしたれば反応が大ありで、
「おれみたいな山育ちで何にも行儀作法も⑪知(し)しやね者、貰って呉(け)っこんだらば、まずお上(あが)りすっけんども」
 て、恥かしいような顔して、ぽおっと顔赤らめていたんだど。そして二人はその日から永遠の愛を誓い合うようになったんだど。 ほして何時となく二人は結婚して、仲むつまじく暮してはぁ、仲兵衛の小屋のような家さ住むようになっていだんだけど。
 ほして、一(ひと)むかしぐらい過ぎて、男一人、女一人の子ども生(う)まっで、世間でもうらやむような家庭になっていたんだけどはぁ。 ほして仲兵衛が、いつものように山仕事へ出かけだんだげんど、何だか、何かの食い合せが悪れがったんだが、腹ぎりぎり痛くなって来たんだど。 何としても我慢さんね。そこらの草花をとって手で、はいつの汁(つゆ)をとって舐(な)めて、腹痛(はらいた)なおすべと思ったげんども治らね。薬草の効果もない。
「こりゃ困った。⑫んでは家さ行って乾燥しったセンブリでも、投薬でも飲んでみっか」
 て思って家さ帰って来たんだど。ほうしたれば仲兵衛がぶっ魂消(たまげ)だんだど。土間から屋敷、中の間、納戸まで長々と横たわって、 尻尾の方とぐろ巻きながら、赤い細い舌(べろ)をペロペロ、ペロペロて出していた大蛇いたんだけど。仲兵衛はぶっ魂消(たまげ)てしまってはぁ、声も出ねぐなったげんども、
「ああ、大蛇だ、大蛇出て行(い)げ」
 大声で叫んだんだど。ところがこの化けてるのは、自分の姿に戻(もど)っていっどきには、一番楽なときなんだそうで、化けてるときは非常に苦しいんだど。 ⑬んだもんだから、お父さんば山さ稼ぎ出してやった後、自分の元の体になって、長々とその大蛇が横たわっていたんだけど。ほしてその大蛇が言うたんだど。
「いや、このわたしの気のゆるみから、こんな姿見せてしまって、誠に申訳ない。実は、ずっと前、石にはさまっで困った時、お前さまから助けてもらった、 ちっちゃこい蛇だった。何とかお礼したくて、お礼したくて考えていたんだった」
 仲兵衛は、
「んだったか、道理でお前が前からナメクジが大嫌いだったな。⑭ほうか」
 家の中がざわざわ、ざわざわて、そうぞうしいので、子ども二人が家さ帰って来たんだど。ほの時、お母さんは元のおかあさんの姿に化けていたんだけどはぁ。
「ほんでも、蛇と分ってから、家さ置いておくわけにはいがねから、出て行って呉(け)ろ」
 て、おっつぁんが言うたんだど。したれば子どもさ向って、その蛇女房は言うたんだど。
「お母ぁさんが、ちょぇっとの油断からこうなってしまったげんども、所詮人間の世界には最後まで暮すことはできない人だ。 これからおかぁちゃんが東の方の渕のあるところに、そこさ行ってっから、いつでも困ったことあったら、そこさ尋ねてこい」
 て、子どもさ言い残して蛇の尻尾のようにというように、スウーッと消えて行ってしまったんだどはぁ。
 ほれから何日経(た)ったか、あの騒ぎ以来、仲兵衛はどっと病(やまい)の床に伏してはぁ、高熱と下痢が続き、来る日も来る日も苦しんだんだど。 子どもたちが心配して占師のどこに聞きに行ったんだど。したら、占師の言うことにぁ、
「ここよりはるか東の方さ、宝生の玉がある。それで体を撫でれば、たちまちええぐなる」
 て、占師が教えてくれだんだど。そこで二人は、おかぁさんが、
「困ったときあったら、おかぁさんを尋ねて来るように」
 て言うて行ったので、渕のほとりに来て、
「おかぁさん、おかぁさん」て呼ばてみたれば、少し⑮おもったれば元のおかぁさんの姿で現わっで来て、
「何か困ったことでも出来たのかぁ」
 て聞いだんだど。二人の兄弟は、
「おっつぁんが体の具合、あんばい悪くて、ほして⑯オナカマさ行って聞いてみたれば、 東の方にある宝生の玉でおっつぁんの体撫でっど、たちまちええぐなるて教えて呉(け)だんだず」
 て言うんだど。したればおかちゃんがちょぇっと考えていたけぁ、
「では、今あげっから、早く行って、とおちゃんの体治(なお)してやんなさい」
 て言うて、土手のかげに行って、宝生の玉なるもの持ってきて、子どもさ手渡したんだど。二人ぁ大いそぎで走ってきて、ほしておっつぁんの病気の体こすってやったんだど。 したればたちまち薄(うす)紙はぐように良くなって、そしてもう山の仕事ができるようになったんだけど。 ほのことが誰いうとなく上山の奉行所の役人の耳に入ってしまったんだど。ほうしたれば、ある日、
⑰「ほだなええものを百姓町人に持たせておくことは相ならん、取ってまいれ」
 て言(や)っで、役人が楢下の宿に来て、ほしてほの宝生の玉、ひったくるようにして持って行って、奉行所の役人が、よくよく、はいつ見っだけど。
「いやいや、これは一つだけある玉ではない。夫婦(めおと)玉だ。もう一つあるに相違ない。もう一つもって来ねげば、殿さまさ献上さんない。これは夫婦玉だ。すぐ持って来い」
 て言(や)っで、また楢下さ走って来て、
「こらこら、あの玉、いま一つあるはずだから出せ」
「いま一つなて、こいつしかないんだっすぁ」
「こいつ一つしかないなて、そういうことない。あれは夫婦玉ていうて、二つあらんなねもんだ。もし出さねど、みな殺しにして呉(け)っぞ」
 ⑱て、おどさっだんだど。
 て、子ども二人は何とも仕様なくて、おかぁさんさ相談に行ったんだど。ほしたればおかぁさん、また出てきて、
「こういうわけで、役人が来て、みな殺しにするて言うなよ。おかぁあさん」
 て語ったれば、
「⑲ほうか、お前のおっつぁんとお前だ二人の生命には代えらんねがら、いま一つの玉、おかちゃんがやっけんども、 この玉やってしまえば、只今からおかぁちゃんは盲になって暮さんなねんだぁ、この前やったのも、本当はおかちゃんの眼(まなぐ)の玉だった。 ほんでもお前だの生命には代えらんねから、今すぐ眼(まなぐ)の玉取ってきてお前ださお上げすっけんども、もうすぐおかちゃんは盲になって暮さんなねんだはぁ」
 て言うて、また宝生の玉を子どもださ呉(け)でよこしたんだど。はいつ、ひったくるようにして取って、上山さ役人が急(いそ)いだんだど。 ほんどき、一天にわかにかき曇って、雷さまをはらんだ嵐となって、玉もろとも吹っ飛ばさっだんだど。奉行所も役人も共にみな吹飛ばさっだんだど。 ほして夕方、東の方に、二つ、キラキラと輝いてる宝生の玉があったんだど。これが今でも宵の明星となって、楢下の東の方さ二つ、行儀ええぐキラキラと輝いているんだど。
 ほれからというものは、この渕を中心とした半里(はんみち)ぐらいのところぁ、何蛇でも目が真っ白なうるんだ盲蛇しかいなくなって、 誰いうとなく、そこの渕のことを、〈座頭渕〉ていうようになったんだけど。 ほして上山の殿さまが正月お供えの餅が蛇に見えて、ほしてお供えの上にあげたミカンが蛇の舌(べろ)に見えて、夜な夜な悩まされるんだけど。 毎年毎年そういう風に悩まされるもんだから、その座頭渕のちょぇっと脇の県道ぞいに「南無妙法蓮華経」という供養碑を建てて供養してから、夜な夜な出る蛇が出なくなったんだけど。 そして今でもそこを「座頭渕」ていうて、目の見えない盲蛇がそこら周辺にいる蛇が、全部盲になったという、⑳むかしとんとんでございます。

注①楢下(上山市楢下、旧藩時代の参勤交代の宿場町で七ヶ宿から白石へ出る旧街道にある) ②金山川(上山市金山から流れ出し上山市内に入る川) ③はいつ(そいつ、そのもの) ④その石ば(その石を。「…ば」は「…を」である) ⑤宮川(前出、金山川の下流) ⑥ほして(そうして) ⑦ほれから(それから) ⑧ほだえ(そんなに、「ほだえ」「こだえ」「あだえ」などと用う) ⑨あだい(あんなに、「あだえ」とも訛る) ⑩かまねで(構わないで) ⑪知(し)しゃね(知らない) ⑫んでは(それでは) ⑬んだもんだから(そうだから) ⑭ほうか(そうか) ⑮少しおもったれば(少し経(た)ったれば、少し経過したら) ⑯オナカマ(巫女) ⑰ほだなええもの(そんなよいもの) ⑱て、(それで) ⑲ほうか(そうか、前出) ⑳むかしとんとん(昔話の意味、昔話の初句にも使う)
(集成「蛇女房」一一〇)
>>烏呑爺 目次へ