38 千早振る

 百人一首に、
   千早振る神代もきかずたつた川
     からくれないに 水くぐるとは
 という唄ある。
 むかし、たつた川という関取がいて、日本一の横綱だったそうだ。そんで、俺も年頃になんたもんだから、オカタ貰わなくてなんね。そんでその頃、吉原に一・二番という女郎がいたったと。その名は千早というのだったと。その女郎さ行ってオカタになれと言うたと。そしたれば、
「俺など、相撲とりなど嫌いだ」
 と、千早に肩ふらったと。
 神代というのは二番オイランみたいな女郎で、行ったればそいつにも同じに言わったと。んだから、千早にも振らっで、神代にも嫌わっで、たつた川、茫然としたと。
「いや、こんじゃ、相撲では分んない。俺は商売換えして豆腐屋になんべ」
 と、豆腐屋になったと。そして行ったところが、今度は千早はよくよく年も取っていたもんだから、女(おなご)奴(やっこ)になってしまって、そして、
「豆腐殻でもええし、豆腐殻でもええから呉(け)ておくやい」
 と願いに来たと。そしたば、見たところどこかに顔見知りあるもんだから、これは俺を嫌った女だから、豆腐殻も呉(け)ねがったと。そして仕様なくて、その家の井戸さ女奴は入って死んだと。んだから「千早ぶる神代も聞かずたつた川、からくれないに、水くぐるとは」と、唄よんだんだと。まいどの公卿さまは…。どーびんと。
>>とーびんと 工藤六兵衛翁昔話(二) 目次へ