31 母の涙 

 うんと、何も知らないげんども、信仰心の厚い子どもがいたったと。もう一人隣のは、これは理屈屋で、何もかにも理屈で押しつけるような者がいたったと。
 ある時、親が神(かみ)信心な息子に、
「お前は親にはこうして育てらっだんだもの、親孝行というものは、さんなねんだ。俺にはまだ親がいる。この親などは中風になって何年にもなるから、まず美味いものなど食せたりさんねんだと」
 涙こぼして教えたと。そうすっどその息子は、非常に感心して、それから、うんと親孝行してやったと。
 隣の理屈息子はこう言うたと。
「はつけなもの(そんなつまらぬこと)、あるもんでない、涙なんていうものは、水さ塩少(ちい)し(と)入(はい)ってただげだ。水さ塩、でっつり入っで置いっだらば、かえってええべ、そしてそこで話語ったらええべ」
 と言うた。ところがその家の人も皆そういう考えなもんだから、一斗桶さ塩一升入っで置いったと。そして親孝行さんなねと思ったげんど、さっぱり効き目がなかったと。
 本当の親の涙というものは、塩水ではないんだと。とーびんと。
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