50 念仏一遍で極楽

 まいどに、貧乏しったじじとばばいたったそうだ。そして世間ではお観音講だ地蔵講だ、いや三十三観音詣りだ。三十三観音講、毎月してっから、極楽さ確かに行かれるもんだと、人々は語っていっかったと。
 そんでも、じじとばばは貧乏してやっとすっと食(か)んなねもんだから、そいつさはまって遊んでいる閑は二人ともなかったと。
 ある年の秋、二人は晩方夜上りして来たと。夜上りする途中、その前にもお観音さま詣りした人が夜上りして来たと。そんなのに、さっぱりさりかまねで行ったもんだと。旅の奴(やっこ)は年寄ったので病気もって道の傍さのめっていたと。
「ああ、切ない、切ない」
 と言ったっけと。お観音さま詣りする人はいっぱいそこを通ったげんども、さっぱりかまねで行った。奴暮ししったじじとばばが、奴を丁寧に扱って、
「いや、むごさいもんだ。おらだも貧乏して稼がねと食わんねじだげんど、俺よりも年寄りで病気では、むごさいもんだ」
 とて、二人はつれて来たと。そして家さ来て蒲団とって、自分だは藁さ、つっこぐって(入って)寝たと。そうしたところが、奴はすばらしく苦しんで音立てる。行って見っど、手合せて目を落すとき、夫婦ともどもに、
「ナンマイダブツ」
 と言うたと。そいつは言いつけねで言ったもんだから、本当にがってもない、南無阿弥陀仏一ぺんだけだったと。そして奴は死んでしまった。
 自分だも年が来て、今度は死なんなねくなって二人が死んでしまったと。
 夫婦と同じ頃にお観音講衆や地蔵講衆も死んで閻魔王の前さ並んだと。閻魔王に片っぱしから聞かったと。
「お前だ、生きているうちに、念仏なんぼ申した」
「俺はお観音講や地蔵講にはまっていっど、念仏いっそうだ。百ぺんもした」
 俺は千べんもした、の、三十三観音詣り七へんしたの、八ぺんしたのと。貧乏夫婦はさっぱり、そんがえなことする暇なんてないかったもんだから、うんと小っちゃくなって、地獄さやられるもんだと思って、すくなんで(小さくなって)いたと。
「お前だ、何べんした」
 と、最後に聞かれて、
「俺は、たった一ぺんしかしない」
 と、夫婦は言うたと。
「そんでは、青鬼、赤鬼みな来て、今迄申した念仏を箕に入っで、扇いでみろ」
 そして山ほど念仏を箕さ入っで扇いだところ、一番最後に残ったのは、たった二つ、石のようなガタラガタラと箕が言うて、なんぼ吹いても飛ばない念仏が二つあったと。
「この念仏は、確かにお前だ申した二つの念仏だ。お前だは極楽さ行け」
 と。地獄さ行かんなねと観念していたんだげんど、極楽さ行けと言うし、皆は極楽だと思っていたのは、ぺろっと地獄さやらったと。んだから、唯空念仏ばり申して手間つぶして歌うたっていたって駄目で、本当の信仰さんなねと。とーびんと。
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