38 伊勢参宮

 まいど、夫婦ものいたったと。まいどの伊勢参宮ざァ、四十日から五十日かかって行って来たもんだと。そしてオカタばり留守居させて、親父は伊勢参宮に行ったと。そしてお詣りして、むかし西行法師が詠んだ歌だと、
   何ごとのおわしますかは知らねども
    ただ尊さに 涙こぼるる
 なんて、語りかたり来たと。そしてちょっと見たところ、オミクジ箱なんていう箱さがっていたっけと。一銭入れっど、オミクジぽろっと落ちて来るのだっけと。こりゃ試しと思って財布見たけば、いっぱい一銭コなどある。一枚入っだところが、ぽろっと落ちて来たと。そしてそいつに、
 〈大木より小木にせよ〉
「なんだ、大木より小木にせよ。大きい木と小(ち)っちゃい木では大きい木がええようなもんだ。大きい木でなくて、小っちゃい木にしろと書いてある」
 ものは試しと、もう一銭ポンと入っで見た。そしたら、また落ちて来たのに、
〈いそがば廻れ〉
「いそがば廻れ、なんて書いてある。おかしいな。んじゃ、試しにいま一本引いてみっか」
 そして引いたら、
 〈短気は損気〉
「へえー、面白いこと書いてあるな」
 と、来たところが、道づれもあった。にわかに空がかき曇って暗闇のようになって、岡立ち雨が降って来た。お雷さまがびんびん鳴る。ところが相手の人は、
「いやいやこの雨は通り雨だもの、晴らして行くには、あの大きい木の下だれば、雨は下まで届くうちに晴れんべ」
 と、大きい木の下さ行って、かがんだど。そんでもその人は、〈大木より小木にせよ〉とあるもんだから、小(ち)っちゃい木の薮の下さかがんでいたと。ところが雷ァ大きいの鳴って来て、大きい木さ雷落ちて来て、その人は生命からがら逃げて来たったと。
 それから、またとことこと歩いで来たれば、別れ道があったと。片方の道標(みちしるべ)さは「近道」、片一方は「普通」と書かっていた。そうすっど、一方の人は、
「いや、一アゴでも遅歩(あい)びしたときには得だから、俺は近道行くべ」
 と。ほんでも、俺はオミクジには〈いそがば廻れ〉とあるからなァ、と思って、当り前の道とことこと来た。そしたらば本街道さ来る頃、近道には川があったと。さっきの大雨降ったので、にわかに水で橋が、ぶん流っで無かったと。
「いやいや、困ったこりゃ、もどって、あんだ行った廻り道さんなねくなった。いや馬鹿くさい、馬鹿くさい」
 と、来たったと。
「いそがば廻れということは本当のごんだ」
 と、感心したと。
 そして段々家の側さ来たので、お別れして家さ来た。
「なんだって、四五十日も俺居なかったから、俺のオカタも退屈して、何か男でもいたかもしんね」
 と、そっと窓のふっちゃげ(破れ目)からのぞって見たところが、ばば、頬冠りなどしった男に手枕などして、何だかお茶菓子を盆さいっぱい供えっだし、何だかおかしない(変な)石の恰好みたいな、足の恰好みたいなもの供えっだと。先ずちょっと怒ったと。人は参宮に行って来たのに、はっつけなことになってるなんて、大じゃみて(かんかんになって)入っかと思ったげんど、
「いや、短気は損気ということある」
 と、思って、
「いやァ、カカ、今もどって来たところだ」
 なんて言って来た。
「ああ、早く来た。くたびっだべァ」
 オカタは、ちゃっちゃと様々な用意して夜飯を出したと。そして寝床さ行ってみたところが、
「ないだ、こいつァ」
 なんて、こじらねふりして言ったところが、一升壜(すず)さ男の面、絵図描き上手なオカタだったから書いて、そいつさ白い手拭い頬冠りさせて、そいつを自分の傍さ寝せて、「こいつ何だ」と聞いたらば、
「いや、お前道中腹減っどわるいかと思って、うまいもの、あんだの好きなもの供えっだんだ」
「この一升はなんだこと」
「いや、道中くたびれっどわるいから、あんだの足の石を川原から拾ってきて、毎日こいつ湯で洗って、お膳さ飾っておくのだ」
 と、教えらったと。
「ははァ、なるほど、短気は損気ざァ、本当のことだなァ。お伊勢さまのおさずけはありがたいもんだ」
 なんて、こいつが本当の御利益だったなと、言うたったと。
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