29 狐千匹

 弱たれ息子ば山さつれて行って、昼飯食ったと。そしたらば、漆の木の葉は、秋萱刈りに行く頃だと、真赤になってる。そいつを指のあわいさ二枚ばりはさんで、お飯食うとこさ寄って来たと。そしたらば、自分がヒョイと、こう見て、
「なえだ、俺足は寸法ない。萱のカッ杭さでも刺したんだか。血だら真赤だ」
 と、こう見たと。すっど、ツウーと青ざめて、後(うし)ろさひっくり返ったと。
「なえだなえだ」
 と言うたら、
「俺、足がっぱり痛くしてはァ、とにかく家さも行かんねし、御飯食いどこでない」
 と、青ざめてしまったと。そうすっど親父は、
「なえだなえだ、漆の葉っぱだどれ、こ。こげなもの、傷などさっぱりないどれ」
 と、こう言うたらば、もっくら起きて御飯食ったと。
 晩方、秋なもんだから乾草背負って歩いて来たと。そんで親父より後を来たところが、家さ来るより早く、
「いやいや、あそこの山のむずり角に狐千匹いたけ、いや、さぶしくて仕様なかった」
 と言うたと。そしたらそれを聞いて、
「なにつかして、狐千匹なて、どこにもいるもんでない」
「いや、百匹はいだったな」
「百匹の狐なんて、いるもんでない」
「いや、十匹はいだったな」
「十匹なんて、狐十匹なんて、いるもんでない」
 なんて言うたら、
「いや、とにかく一匹はいだったべな」
「いや、あそこの山さ狐いるなんて、聞いたことない。お前は何か見違えて来たのんねが」
「とにかく、ガサーッとだけは言うたぜ」
「お前(にしゃ)、さびしがりだから、そう感じたなで、狐などいるもんでない。お前乾草背負っていたの、土手さぶっつかったなだべ」
 と、教えらっで、それからほぎがえったと。んだから、とんでもないことは言うもんでないと。
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