6 猿    聟

 あるところに、じんつぁまいたったと。そんで前千刈田(百刈は一反歩、千刈は一町歩)後千刈田もっていたと。
 毎日水掛けしったげんど、なかなか日割れして、割れるだけ水掛けらんねがったと。そうすっど、泣き泣き田さ行ってるうちに、猿と行き会ったと。猿は、
「なえだ、じさま。そんがえ泣き泣き毎日水掛けしてる」
「んだ。こういうわけで、田は皆乾いてしまった。分んねぐなるもんだから、毎日、夜昼水掛けしているのだ」
「そんげなこと、雑作ないことだごで、あんだ、娘三人持った、んねが…」
「持った」
「ほんじゃ、俺どさ一人呉(け)っこんだ。俺はこの上に、あんだ達さっぱり見たことない、聞いたことない大きな沼持ってる。そいつさ水路(みずみち)切って、一晩に掛けて呉(け)る」
「ほんじゃ、そいつはええごんだ」
 とで、家さ帰って寝っだと。飯(めし)時(どき)になったから、
「御飯(おまま)あがって、おくやい」
「御飯、食わね」
「なして、食(か)ねごど?そんがえ食(か)ねごんだらば死ぬごで」
「いや、俺、実はこういう苦態(くたい)を持ってる。そいつをお前聞いたら、俺は飯(まま)食うごで」
 と言うた。一応は親孝行な積りで、
「いや、御飯食って呉(け)るんなら、俺ァなえでも聞くごで」
 と言うたと。そんじゃ、
「猿と、こういう約束して来た。一晩にあの田さ水掛けて貰われっこんだら、娘三人いたのを、一人呉れる」
 と言うて、
「あんだ、猿のオカタになって呉(け)ろ」
「なえだ、はっげな。如何にしたって、俺ァなんぼ馬鹿だって、猿のオカタざァ、あんめえちゃえ(あるもんでない)」
 と、親父さ言うたと。今度は二番目の娘また来たと。そして同じようなこと語った。そしたば、
「そっげなものでは、俺ァ馬鹿くさい、御飯食って貰わなくてもええ」
 と言うた。「親父など死んだってええ」
 今度は三人目の娘来たから、同じこと言うたと。
「そういうごんだれば、あまりええ。前千刈、後千刈、一粒の米も獲んねなでは困っから、そしたらば、猿のオカタになる」
「若し、あんだ猿のオカタになって呉(け)たならば、御褒美としてお前どさ、前千刈後千刈の田呉れっこで」
 と約束したと。そして猿さ嫁入(むかさ)って行ったと。そして、三月の節句の日、餅搗いて、
「何さ入っで行ったらええがな。盆さ入れて行ったらええんだか、鉢さ入っで行ったらええんだか」
 と言うたらば、
「おら家のな、鉢さ入れっど鉢臭いと言うし、盆さ入れっど盆臭くて食んねぐなると言うのだから臼がらみ背負って行って貰えっこんだら、仕合せだなァ」
「いや、俺は力持ちだもの、そんげな物は背負って行かれる」
 そして行ったところが、途中に大きな川があった。その上さ桜の花がうんと咲いっだと。
「猿さん、おらえのおっつぁまは、桜の花ざァ大好きでよ…」
「そんがえ好きなら、折って呉(け)っか」
「そうして貰えっこんだら仕合せだ」
 と、背負ったまま、桜の木さ登った。
「猿の木登りとは有名なもんだ。登って見せるか」
 と言うて、臼背負って、ヒタヒタ登ったと。
「こいつ、ええか」
「いま少し、その上のさええのがある」
 そうすっど、臼背負ったまま、また登って行ったと。
「こいつか?」
「その上のだと、まだええようだ」
 と、こう言う。段々登(のぼ)せてやって、いよいよ芯まで登って行ったところが猿の目方と臼の目方でドッと川さ落ちたと。猿は臼背負ったまま川さ落ちたもんだから、その時詠んだと。
   猿沢に落ちて死する生命はおしまねど
    後に残りし 妻は恋しや
 そしてツプツプと猿と臼は流っで行ったと。そしてこういうわけだった、と家さ帰って親父さ話したところ、
「そんじゃ、約束通り前千刈・後千刈そくっと呉れっから…」
 と、貰って、後の娘ども二人は、他のひどい家さ嫁入(むかさ)って行ったけと。
 んだから、親の言うことざァ聞くもんだと。とーびんと。
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