10 雷さま一家

 むかしむかし、あるところに百姓の一軒家あったんだけど。ところが突然その家のおっつぁんが、
「かか、かか、明日、伊勢詣り行って来らんなねぐなったず、これ」
「なんだず、おっつぁん。ほだな、明日明日田植えていうどき、伊勢詣りざぁ、あんまいず。田植終ってから伊勢詣り行って()らっしゃい」
「いや、昨夜(ゆんべな)、枕神立って、今のうちに行かねど、御利益ない。ぜひとも来いてお伊勢さまからの枕神、昨夜(ゆんべな)立ったから、行かんなね」
「二日・三日待ってて途中一生けんめい急いで行ったら、一日・二日なの何とかなるんねが」
「いや駄目だ、行かんなね」
 かあちゃんが押えんな振り切ってほして、出かけて行ったんだど。どんどん、どんどんお伊勢さまの方さ行った。ところがある時、山道ささしかかった。その山、だんだん高くなって行く、雲かかったどこまで行った。ほして日もずんぶり暮れてしまった。
「はぁ、こりゃ暗くなった。どさか泊めてもらわんなね」
 ほこら見たげんど、木の洞穴もないし、
「どさ行ったら、ええがんべなぁ」
 と思っていだれば、向うの方からチラチラと灯りがゆれて見える。
「ああ、あそこ一軒家だな」
 て言うわけで、そこさ尋ねて行って「今晩は、今晩は」て言うたれば、「おっ」。
 したれば、すばらしい体格のええ人いだっけ。
「実はこういうわけで、お伊勢さまさお詣り行くんだげんど、何とか今夜一晩泊めていただかんねべか」
「いや、そういう都合だらば、なかなか御愁傷なことだから」
 なて、
「ちょっとお尋ねすっけんど、お宅は何ていう家だもんだべっす」
「うん、おれはここの(あるじ)で五郎右衛門て言う、家の家内は、為五郎・清五郎・吉五郎。みな五郎の付いた奴ばかりだ」
「ほうでやんすか、どうか一晩お願いします」
 次の朝げになった、ほしたら、
「ああ、お客人、お客人、今日からおら()の田植で水足んねくて、何とも仕様ないから、手伝ってけらっしゃい。水汲み手伝ってけらっしゃい。明日まず田植したいから」
「旦那はん、田植なて言うげんど、こだな山の上、どさ植えるんだ」
「いや、雲さのってけろ」
「雲さのって、なて、どっちゃ行くんだっす」
「ええ、まず、ずうっと行って()らっしゃい。実はおら家では雷さま一家だ」
「やっぱり、みな五郎名付いっだ。ほに。五郎右衛門・吉五郎・為五郎・清五郎て、五郎名付いっだ人ばっかりっだ。なるほどなぁ、んじゃまず雲の上さ田植すんなだか」
「うん、雲の上だ。百姓したり何かえしたり居っけんども、一天にわかにかき曇り、ほら雨降らせたり、風吹かせたり、いろいろ雷さまさお手伝いすんなねなだ。言うなればおらえの家は、雷さま一家だ。ほんで下界の方は、まだ天気で雨も降らせんたってええし、風も出さんたてええから、今日、お前は水汲みして手伝って呉ろ」「はい」
 て、一生けんめい水汲みしった。
「ええか、このバケツで、たっぷり汲むど、重みでうまくないから、雲から足つっぱずしたりすっどなんねから、この小っちゃこいバケツで、何べんも何べんも汲んで呉らっしゃい」
 んで、ほこのおっつぁんがそいつ見っだけぁ、
「かえっじぇげだな、小っちゃこいなさ、つうとばり(たが)ぐな、めんどうくさいから」
 て言うわけで、土の上に居たような気持でいっぱい水汲んだれば、ほの雲から足ひっぱずして落っでしまった。いや、すとっと上から落っでしまった。このまんまでは死ぬか生きっか分んねがら、
「雷さま、助けてけろ、助けてけろ、おれどこまで落っで行んか分かんねはぁ、いやいやひどいもんだ」
 て言うたらば、そのかあちゃんに、
「なんだまず、とおちゃん、何、ねぼけでいんなだまず」
 ほして、はっとして目覚めてみたれば、夢なんだけど。んだから田植ん時、ほっちゃ行ぐ、こっちゃ行ぐて言わねで、家の田植、まじめにすんなねけど。どんぴんからりん、すっからりん。
>>天とひばり 目次へ