6 左甚五郎の猿

 むかしとんとんあったずま。
 左甚五郎は、こんど腕も相当上げたもんだから、東下りすんべと思って、ほうしてずうっと降って行ったれば、あるところに、大工の現場があったっけ。ほうしてほこで、ぼやっと立って見っだ。黙っていればええことを、何とも、ほれ、他の大工だ、すっこと見るに見兼ねて、身ぶり手ぶりで真似してみっだ。
 ところが、はいつ、職人だ気にして、
「何だ、こりゃこりゃ、何、他人(ひと)の仕事だまって見てる」
 また、左甚五郎ぐらい人相の悪いな、なかったんだど。まぁ、帯を下の方さして、ヘソ出して、ネギ鼻つうとメメグラがして、ぼさっと立っていてがらざぁ、とても受け取らっだもんでない。ほして、
「何だ、ぼやっと突っ立って、何見ているんだ」
「お前の頭下がった。ほら、そっちんな、尻ぁ下がった」
 尻のさがり具合言うてしまった。ほうしたれば、そこの職人だ、ごしゃえで、
「この野郎、にさ、分かんねなだか」
 叩がっでしまった。一つ二つ三つ…て勘定しったど。叩がっだ数をな。
 ところが、はいつさっきから見っだそこの棟梁が、
「こりゃこりゃ、にさだ、この人叩くほどの腕持ってっか。この人は、おれ見でっど、目の(くば)りがちがう。体のこなし違う。お前だ見ろ。ほりゃ、頭が下がってだて言うど、そういう風な板の削り具合だ。尻が下がっどそういう風だ。この人にちょえっと習ってみろ。この人は相当の腕だがも知んない。どうだ旅の職人さん、一つカンナ使い教えてもらわんねか」
 ほうすっど、左甚五郎は機嫌をなおして、
「棟梁、おれなど、本当は下手なんだげんども、棟梁からそう言わっでみっど、んだら一つ削らせてもらうべ」
 て言うわけで、風呂敷からカンナ出して、右手の(こぶし)でトントンとそのカンナの歯叩いた。ほして、お空さそれを向けて、高い低い見て、すっかり見てこれでよしとなったら、削り始めた。ほうしたれば魂消たことには、和紙て言うから、高松奉書紙(だいほう)みたいな、麻布のようなカナガラ屑がしゅうしゅうと流れて行く。
「いやいや、これはすごいもんだ」
 と思ってみっだら、それピタッとくっつけた二枚の板、ほして、
「ほらほら、誰でもこいつ、はがしてみらっしゃい」
 て。はがすと思って、いきなりはがして、「はがした!」て言うたのが、板でなくて生爪だった。(なえ)たってはがれるもんでない。それだけ空間がないわけだ。ノミ四丁・五丁 ()って、テコにしてやっとはがした。はいつ見っだ旦那さま、
「何とか、ここは何時(いつ)何日(いつか)まで仕上げる住宅だげんども、あなたに一つ手貸してもらいたい
 て、こういうわけで頼まっだ。
「いや、おれぁ何にも分んねげんど」
 て言うて、次の日から始まったのが、一番上の棟木の(ほぞ)と穴と、そこさ一週間かかった。一ヶ所さ、いや、なんぼなんだてこりゃ、一週間かからっでは大変だと思った。んだげんども、まず、何とも仕様ない。ほしてねつく見たれば、ほの(ほぞ)さ猿こ千匹彫っていだけど。
「猿こ、千匹なて、何なるんだい」
 て、弟子どもだ、いだったそうだ。ところがそこの部落が大火に会って、いわゆる片っ端から燃えて行った。ほしたら左甚五郎が溝彫った家だけは燃えねくて、他の家だけ燃える。
「おかしなこともあるもんだなぁ」
 て思って見たれば、ほの千匹彫った猿が一匹一匹、その溝から出はってきて、水汲みして屋根さかけんなだけど。ワッショワッショて、猿こはしてその家だけ残った。んだから名人がすっど、どこか違ったどこあるもんだて言うけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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