9 猿聟

 むかしあったけど。
 むかし、山の中の百姓で、三人娘もったじいさんがいだったど。
 その年は旱魃で、田さ水かかんねくて困っていだどこさ、じいさんが行って、
「誰でもええから、田んぼさ水かけて呉っじゃ人に、娘くれる」
 て語ったところが、猿ぁ聞いで、その晩のうちにはぁ、ひっとつ掛けで呉 (く) っじゃ ど。
 そして次の日行ってみたら、満々と水掛っていたもんだから、猿ぁ来て、
「じいさん、娘呉ろ」
 ていうわけだげんど、じいさん、ほとほと困ったんだごではぁ。まさが、ほだ なこと、人間、猿の嫁にするわけに行くまいし、仕方なくて、家さ来て、何たて 猿に約束したもんだから、守らねくてなんねぇし、一番大きい娘に、そいつ言う たところが、
「なに、まず語っているなだ。親父ぁ、まず、おれぁ猿の嫁なて、たわえないこ と語っている」
 なて、親父言わっじゃど。
 こんどは二番目のあいつさ言うたらば、
「なに、おどっつぁん。嫌んだやんだ。おれぁ猿の嫁にならね」
 まず困ってはぁ、じさま寝てしまったど。そうすっど、末の娘がでてきて、
「なじょだ」
 ていうたら、
「こういうこと約束してしまったがら、ほとほと困った。ほんで何としたらええ がどて、猿に約束守らねでは、仇討ちされんべし…」
「んじゃ、おどっつぁ、おどっつぁ、おれ、嫁になっから」
「ほんじゃ、なってくれっか」
 て、なって行ったど。して、猿も喜んで、自分の住家 (すみか) さ行ったわけだべちゃ。 ほして、こんど、食うものあさって、いよいよ春の花の咲く頃になったば、こん どは、
「餅搗いで、親父んどこさ持って行くべ。餅、うんと大好きだから」
「ほんじゃ、そうして呉 (け) っか」
 というわけで、こんどぁ、猿が一生懸命で餅搗きして、いよいよ搗いて、
「ほんじゃ、何さ持って行ったらええべ」
「んだなぁ、余 (よ) のものさつめっど、鍋さつめっど鍋くさいていうし、何さもって 行ったらええべ、困ったもんだ。ほんじゃ臼がらみして持っていったらええが」
「その方だら、一番よろこぶべ」
 臼背負って、二人は、おかた先になって実家さ来たど。
 途中に来たら、川ぷちの崖んどこに、いや、美しい山桜咲いっだけど、んで、
「あの花なぁ、一枝とって行ったらば、おどっつぁま、なんぼ喜ぶんだか」
「んだか、よしよし、ほんじゃ、ほだなもの、造作ない」
 て、こんど、臼置いて登る気になったら、
「臼置くじど、土くさくなるてはぁ、じじ、食 (か) ねごんだ」
「ほうか、ほんじゃ」
 て、お得意なもんだから、臼背負って登って行ったど。
 そして、だんだんに行って、
「この辺か」ていうど、
「そいつもええげんども、いまちいと上んなだど、なおええようだ」
 だんだんに登って行って、まだまだ行って、「ここらか」ていうど、
「いま、ちいと上んな美しい」
 て、よくよく細いところまで登らせて、そのうち、枝折 (お) だっでしまったんだご ではぁ。臼背負ってんべし、下、水なもんだから、すぼげで死んでしまったごん だ。
 死んでしまったし、家さ行ったら、親父、たまげて、「何だった、猿は」て言 (ゆ) っ たれば、
「こういうわけで、途中で死んだ」
「ほうか」
 て、なるほど賢こい娘にかなわないて、感心して、その娘がとんな仕合せに暮 したということあんだから、親孝行はするもんだ。どーびん。
(佐沢・山田喜一)
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