6 青シシ

 むかしむかし、この辺に青シシていうのいだったど。先には肉のシシていうたもんだが、熊をシシていうたか、イノシシ、青シシ、いわゆるカモシカのことを青シシていうた。この青シシというのは、貴重であった。なぜなら、肉は肉で非常にうまい。皮は毛皮として大したもんだ。角は浜辺に持って行くと非常に高く売っだ。浜辺ではその角で、今だら集魚灯なて使うげんども、むかし集魚灯の役割りするのは、このカモシカの角だ。まずこれを海中に入れると、青白く光って鰹・蛸・イカみな集まってくる。んだもんだから昔の人は、タバコ入れの根つけさなの、青シシの角つけて、金なくなっど、浜辺で、はいつ売って、はいつ路銀にしたもんだど。
 ところが、そのカモシカのうち、飴色角が最高だ。飴色角一本もっていたらば、千金をもったと同じだど。まず、こだえ魚寄ってくるものない。ひと財産、ふた財産も、まず魚とりで取れっからって、飴色角のカモシカていうのは、非常に貴重だった。
 ところが、周辺で誰言うとなく、飴色角の青シシいだっけど。「よし」ていうわけで、そこさ神尾善兵衛ていう人―七ヶ宿の―が、
「んじゃ、おれは飴色角の青シシをとる」
 ていうわけで、熊打ち、青シシ打ちの名人で、三日三晩ぐらい飲まず食わずで泊っても大丈夫だていう人、いだった。
 その人が、いよいよもって堅雪になってから、火縄銃背負って、熊のホクチ(火口)背負って行った。横川部落からずうっと登って行って、不忘山、ほの裾を通って磐上山の方さきた。ところが、はたせるかなほこに飴色角を頭としてのカモシカの一群だった。それを見て、至近距離さ行って、一発ぶっ放して攻めて呉んなねと思ってた。ところが傍さ近づくとどんどん逃げる。野越え山越え行って、もう少しで射程距離だていうどこまで行くと、また逃げる。決して急いでは逃げね。一日(ひして)は何とも仕様ない。二日追った。いよいよもって三日さ入った。
 ほんでも、もう少していうと、さっと逃げて行く。そして傍さ寄りつかんね。向うは獣で身軽るで、堅雪とはいいながら、日影前なていうど、和カンジキ履いて歩くと、なかなか追いつかんね。んで、善兵衛さんが考えた。
「こりゃ、追って行くど、わかんねんだ。何か向うで目じるしにしているに相違ない」
 こういうわけで、稜線さ帽子(しゃっぽ)、それから襟巻のようなものを、木を切って、いかにも人がここから見っだようにして、かげの沢から廻った。
 さすがの飴色角も、はいつに気付かねで、よくよく傍さ行ったら、その群衆と離っだ、一匹だけ別の方さ走り出した。ここぞとばかり、この火縄銃さ火つけて打ってしとめた。何のために自分ばりそっちの方さ行ったていう謎が、その直後にわかった。ところが、一行はみな腹の大きい、妊娠した、いわゆる青シシばりだった。んだからそれを助けるために、一人犠牲になって、一匹ばり別の方さ走って行った。はいつわかって、神尾善兵衛という人は、
「動物でさえも夫婦の情、親子の情はあるんだな」
 ていうことわかって、その日からぷっつり狩人やめてはぁ、普通の百姓になったったど。どんぴんからりん、すっからりん。
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