32 狐むかし

 田沢の中山越えて、一里ばりある峠あるのよ。そこの真中ごろに沢あんのよ。 そこによく狐がいた。苞 (つと) とらっで空 (から) にさっで、落ちてんの、のんべに(よく)あっ たな。十七・八才あたりたな、おれ……。
 おら家どこの舎弟が便所さ起きたど。そしたれば、冬だったげんども、外ちょ えっと見たらば、提灯つけた者、そっちゃ行ったりこっちゃ行ったりして、同じ どこにいて決して来ねなだけど。
「何だか、あの人、狐に化かにさっじゃであんめぇか、むごさいごんだこてなぁ」
 て、行ってみたど。やっぱり狐に化かにさっで、目付きころっと別になってよ、 そうしているもんだから、自分が帰ってくっかと思ったらば、前さ山出て、決し て向うさ行かんねもんだずもよ。困ったごんだなぁと思って、傍の家さ寄って、
「何だか、おれ、気持わるぐしたんだか、本当でないから、ちいと休ませておく やい」
 なて言うたそうだ。「何しやったごんだ」なて。「ほんじゃ寄って火焚っからあ たって行げ」なて言わっで、火焚いてもらってあたって、そのうちに夜明けたも んだから、帰って来たって。
(伊藤せう)
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