9 虎猫の恩返し

 あるどこに、貧乏な寺で、ようやく食ってるのみの尼寺あったそうだ。
 ところが、夕方、寺の門を叩くものがあった。和尚さんは、誰だろう、何だろ うと思って、玄関まで出たところが、立派な人が、
「今、そこで、とんな誤 (あやま) ちしてきた。何とかして助けていただきたい」
 見れば腕やら足やら、かなりな傷を受けておったど。和尚さまは事あるかと思 えば、
「いやいや、それでは全くひどいだろう」
 と、なかなか慈善に富んだ和尚さまなるがゆえに、
「さぁさぁ、さぁ、すぐ上がりなさい。それでは困っただろう」
 て、家に寄せて、腕を組んで、
「さて、どうしたらば、早く治るだろう」
 といって、もう薬はなし、和尚さまもハタと困って、考えておった時に、その 傷を受けたお客さんが、
「実は新小豆をゆでて、その汁 (つゆ) をつけて、たでれば(浸す)、これは造作 (ぞうさ) なく治る んだげんどもなぁ」
 ということを言った。
「はぁ、そうか、そうだらば小豆を家にはないげんども、そこの隣近所たねて来 (く) ん べ」
 和尚さんはすぐ用意して出 (で) だした。その時にまだまだ新小豆が出る時期ではな かったど。十軒二十軒と数 (かず) 廻って、和尚さんが何とか治してくれたいので、した ら、運よく一軒の家で新小豆を求めることができた。さっそく寺に帰ってそれを茹 (ゆ) でて、その汁で、たでてやったら、間もなく傷は後かたも無くなったど。お客さ まはたいへん喜んで、
「いやいや、とんな(大変)おかげさまで、傷もすっかり治ったし、これでは帰 る。今夜一晩、ごやっかいになろうと思ったげんども、ここでおいとまさせてい ただこう」
 ていうわけで、御礼釈して出ようとした時に、
「だが、いつの何日 (いつか) 、私も忘れない、いつの何日、どこそこで殿さまのお葬式が あるから、その時に和尚さま来ていただきたい。私がその棺を天高く吊り上げっ から、和尚さま、どんな和尚さまがありがたいお経を上げてくれたって、宙に浮 いて、下には置かない。んだげんども、助けてもらったありがたいそのお礼とし て、和尚さまが私の名を呼んでくれたなら、さっそく、棺はおろします。これだ けは忘れないで、一つ、私の恩返しとして言って行きます。私の名前はトラとい います」
 ていって、出るときにはもう人間ではなくて、大きな虎猫であったど。和尚さ んも、
「さてさて、猫であったか、猫は魔物というが、はたしてそれが本当であるかい なや、その日に行ってみよう」
 といって、当日行ってみた。
 ところが、殿さまの墓地に行って見ておれば、向うから蓮台にのせられた殿の 棺がおごそかにやって来た。周囲にはいろいろな袈裟を着て、きらべかしい立派 な和尚連中が数知れず集ばってきて、「ありゃ」て、掾台の上に棺を置くか置かな いうちに、なるほど、棺は天高く上げられてしまったど。
「さては本当だ」
 て、なぁ、和尚も、これでは嘘ものではない、自分はうたぐってはみたけれど も、自分はすぐ出てはいけない。
 したうちに、和尚連中に、みなお経を上げ何とかしてそれをおさえようとした が、棺は依然として変らず宙に浮いている。その時に、かの和尚が、
「どうか、私に一つお経を上げらせていただきたい」
 といって、願い出たが、そばの者は、見ればオンボロ、サンボロの袈裟・衣・ こんな和尚が何お経あげだって、元に坐るもんでない、身成りは粗相で、みんな が許してくれなかったど。
「近うまいれ」
 と和尚を出し、「お前がお経を上げっだいっていう、これでは困ったから、一つ たのむ、お経を上げてくれ」
 て、たのまっで、和尚は棺の前、掾台の前に立って、まず第一に私を呼んで呉 (く) ろ という虎猫との約束があったので、大声で、
   トラ ニャアニャア
   トラ ニャアニャア
   トラ ニャアニャア
 と三べん、まず詠 (よ) んだ。それに、虎猫は聞こえたものか、
「ナム、ホリャ」
 というて、後の経をあげてるうちに、宙に浮いっだ棺が、ツウツウ、ツウツウ と下がってきて掾台の上にぴたっと降りてしまったど。そうすると、和尚もおど ろき、殿の身内も大おどろきにおどろいてしまって、
「あの和尚は、ただの和尚でない、近う呼べ」
 という言葉がかかった。呼ばれて行って、「お前はどこの住職だ」と聞かれたと きに、「尼寺の住職である」
「その身なりは……」
「実は食うにも食えない、檀家も少なく、ただし、昔の寺を守らなくちゃ、先祖 を守らなくちゃと思って、毎日こうしてお経の詠み続けやっているんだ」
 て言うたところが、殿は、
「しからば、こんどその恩返しに食えるようにしてやろう」
 と、檀家をあたえ、立派な寺にしてやったど。それは今では、すばらしい立派 な寺で、有名な寺になってあるど。どろびん。
(平田幸一)
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