25 阿波の徳島十郎兵衛

 阿波の徳島の十郎兵衛という人は、殿 さまさ司えているうちに、誰か悪い者ぁ 入って、殿さまの大事な刀を盗んで、十 郎兵衛さ罪を負わせる勘定でいだったそ うだ。
 そうすっど、こがえしていらんねから、 と十郎兵衛は身をかくすと親さ言って、 おかたと二人で出はって行って、山のか げさ住んでいたそうだ。そしてお千代と 名付った娘残して、おばぁさんに育てて もらっていたど。
 あるとき、お千代は親なし子だの何だ のと言わじゃほでに、そのおばぁさんさ、
「なじょな訳だ、教えて呉 (く) ろ」
 というたところが、おばぁさんがこう こうした訳だと、
「刀も悪いものは捨てだしすっから、こ れはいつか早く聞えて帰ってきてくれれ ばええどていたどこだ」
 というたところぁ、お千代は、
「おれは早く親に行き会いたいから、い たごんだらば何とかして…」
 といわっで、まだ小さい娘だげんども、 世渡りするには巡礼というようなことで 渡った方が安全だべと、銭をいっぱいく れて、おゆずり着せて、旅仕度させて、 カランカランという鈴 (れい) を持 (たが) かせて出し てやったそうだ。そうすっど、途中では 男の子に攻めらっじゃり、犬に吠えらっ だり、人の戸の口さ寝たりして、毎日歩 いて巡礼して、ずっと道さ入って行って、 その一軒さ寄ってみたば、一人の女ぁ出 はってきて、
「国はどこだ」
「阿波の徳島だ」
「名は何という」
「お千代という」
「年はなんぼだ」
「十才だ」
 そして聞いたところが、われぁ子ども だど。そうすっじど、そのおっかさが泣 き泣きいろいろな御馳走なのして、
「今までずっと騒いだげども、そがえに 親切にしてくれる者はいないから、たし かおっかさに相違ない」
 と泣きすがりさっじゃげんども、こが えな子どもを、夫は帰って来っど、寄せ て、なじょされっかも分んねからと思っ て、
「おれはおっかさでない」
 ど。
「まず、お前のどこ見っじど、可愛くて 可愛くてそっちの道でないぐ、向うの道 行げ」
 とかと、立たせてやったそうだ。そう すっど後振りかえし、後振りかえし、お 母さんが陰で泣いで、
「あがえに親切にするのは、お母さんで あんまえかなぁ」
 と思って、お千代も立って行く。そう したところぁ、鉄砲持 (たが) ってえらいような 人に行き会って、
「何だ銭よこせ」
 と言わっで、
「おれぁ銭持たね」
「銭もたねざぁない」
 とて、その子どもを殺してふところさ がしてみたば生国はこういう風だという のを見て、
「もしいたならば、その刀もできたし帰 れ」
 ということを書いたのを見たもんだか ら、
「われぁ子どもだ」
 と思って、そして家さその子ども連れ て来た。寝せて、おかたさ黙っていたと ころが、
「こういう子どもは来なかったか」
「われぁ子どもだと思って、今考えっだ どこだ」
 と、そのおかたがいったところが、
「実はおれは殺してしまった。いやすま ないことをした。書いたもの見たところ が刀も出たということだ。ここをたって 家さ行った方がええがんべ」
 と、その子どもを、仕方なく埋めて、 家さ帰ってみたところぁ、その子どもは 何日に親たちは帰ってくるというもんで、 おばぁさんと二人で一生懸命で喜んで働 いっだごんだど。
「いや、殺した子どもは、ここに来るわ けぁないな」
 と思って家さ入って行ってみたところ が、神さまは身代りに立っておくやって いたんだど。
 十郎兵衛は、そしてまた殿さまさ司え たど。
(海老名ちゃう)
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