15 加藤左衛門

 加藤左衛門という大名が九州の筑紫と いうところに構えていだったそうだ。
 そこさ、大内義弘という大名がいて、 仲も悪かったしすっから、加藤左衛門の ところをわがものにしたいと思っていた そうだ。そしてあるとき、加藤左衛門は 家来を連 (せ) て花見に行ったところが、まず 酒を呑んで、みんな喜んでいたところが、 加藤左衛門が盃をとったのさ、桜の花散 (ち) れて落ちて来たそうだ。
「ああ、これは世の中の争いくらいひど いものはないもんだ。争いは嫌いになっ た。こんどは仏の道さ心を置いて仏にな るように、何の気もなく過ぎたいもんだ」
 と考えたずもな。それからある夜、椽 さ涼みに行ったところが、妻と妾 (めかけ) と碁 打ちする姿映ったずもな。障子さ。そし たば、二人の頭から蛇ぁ出て、ぶっつか りぶっつかりすっどこ、蛇になって現わ れたもんだ。
「いや、よっぽどおれは罪な人なもんだ。 さぁ今度は他人さ罪なことしていないで、 平和に争いごとしないで、高野山さ登っ て、和尚になんべ」
 と、そんどき心得て、その場を誰さも 言わねで立って行ったそうだ。
 こんど高野山さ行って髪をおろして、
「僧にして呉 (く) ろ」
 というたところが、
「ここさ来たものは、妻子を思い出す、 親を思い出すようなごどでは、仏の道さ 加わらんねから分んね」
 といわっだど。
「いやいや、おれは決して妻子など思い 出したりしないで、本当に仏さ心を置く から、どうか髪を剃って呉 (く) ろ」
 というたところが、決して思い出した りしないということを書いたのさ判押さ せらっだど。そしてこんど墨染の衣を着 せらっで、数珠を持 (たが) かせらっで、一生懸 命で仏の心になっているどごさ、息子が 七才になったところが、
「おらえの父親がいたということを聞い て来た。高野山さ行って、和尚になった ということを聞いて来たから行く」
 というもんで、親さ泣き泣き、行きた い行きたいと言わっで、
「なんとしたらよかんべ」
 と、仕えていた桑原丈之助という、よ く仕えていた人いだったど。それから乳 母と話して、
「ほんじゃらば、静かに行ってみて、あ まりええんだから、あきらめつくように 行ったらええがんべ」
 といって、まずおかたも行きたいんだ し、行ったそうだ。そうしたば、丈之助 は途中で大内から殺さっで、乳母も途中 で死ぬという。母と二人だけ、高野山さ 登ることになって登るとき、川あって、 丸木橋あっどこに二人小僧が油揚げのよ うなもの持 (たが) っていたど。そげなものオヤ ツでもあっか晩のオカズでもあっか、そ んなもの持って行くどこ見て、
「高野山はここから登って行くどこだ べ」
 といったば、
「そうだ、高野山さ、お前方行くなのだ ごんだらおらだ高野山だもの」
「ほだら、一緒に連 (せ) て行って呉 (く) ろ」
 というたら、
「いゃ、女というものは、一切登らんね どこだから、女さえも登っど山は荒れっ から、おらだばり早く歩 (あ) えべはぁ」
 というもんで、その小僧どら二人は、 わらわらと走って行ったど。そのうちに 荒れて来て、雷は近くなっどいう、母の 着物も濡れてしまって、母は疲れから腹 病みして、そして行ってみたところ小屋 みたいなどこあっどこさ、まず落付いて、 そのうちにとにかく分んなくてはぁ、 おっかさは死んで、一人で登って行った ところぁ、品のええ和尚さまは、花片手 に持って、数珠を持って手桶持って来る 人と行きあって、
「和尚さま、和尚さま、かるかや今同心 という者知らねか」
 というたところが、
「高野山というとこには、九十九の寺あ るほでに今来たのも今同心、昨日来たの も今同心というて分んね。お前はどこだ」
 というたば、
「こういう者で、石童丸、父はこうだほ でに、行きあいたくて来て、母親にも死 なれ、おれ一人でなえでもかえでも父と 行き会いたくて来たのだから、教えて呉 (く) ろ」
 というたところが、本当は自分の子 だったもんだから、涙見せないで抱いで 呉れたど。
「こがえに親切にしてくれる人、今まで になかったから、親だ」
 というげんども、
「親などは決してここに探 (た) ねらんね。親 なのいないから。ここには妻子のいた人 や、その子どもさ会う人などいないから 帰れ、母はこっちで葬ってくれっから、 心配しないで帰れ」
 といわっだげんど、親だというもんで、 聞かなくて泣いて、そのうちに風ぁ吹い て来たところぁ袖と袖は丸まったごんだ ど。
「ははぁ、本当の親子だ」
 と、父は思って、帰れというても帰ん ね。
「おれも和尚になっから、ここに置いて 呉 (く) ろ」
 というほでに、
「ほんじゃらば仕方ない、母の菩提とも らって、ここにいる」
 と、そこさおいて和尚にしたという。
(海老名ちゃう)
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