38 三人兄弟

 むかし、丹波国に、一郎治・二郎治・ 三郎治という三人兄弟がいて、その父と 母、早く逝くなって、三人が少し田も畑 もあったげんども、みなそれぞれに小さ いもんだから、取らっで…。年は一つ違 いで、兄は十七才と十六才で、毎日あっ ちさ手伝い、こっちさ手伝いに行って、 三人が稼いで暮して来たげんども、ある 晩三人で考えて、
「これは一生ええあんばいになって、い つ明るみに立たれっか分んねから、まず 都さでも行ってみたら、ええでないか」
 と、こういうたところが、賛成だと、 みな兄弟衆は言うたそうだ。そうしたと ころが、
「ほんじゃ、早く出発した方が、善は急 げだから、ほんじゃまず京都さ行ってみ ろ」
 というもんで、おにぎりいっぱい握っ て朝早く出発したって。そしたところが、 峠を通って頂上さあがってみたところが、 京都が見えて、
「あら、あそこが京都だ。まずあそこさ 行って奉公すっどこがあんべがら、誰が 運がええか、誰がどうだか、まず三人が なぁ」
 と、腰かけて休んで、
「いや、見たことのない家ばり見えるよ うだな」
 なて、こんど落ちて、坂道降(お)っで行っ たところぁ、太い木あって、そこで道が 三本に分かっでいだっけど。そこでまず、
「この道は都さ行く道だげんど、どうい う道ぁ一番近いか」
 と思って、まずてんでん、てんでんに、 どの道ぁええというたところが、兄は右、 二番目のは真中、三番目は左となって、 そして、
「三人がみな京さ行けるからなぁ」
 と、兄はずっと右に行ったところぁ、 景色もええ、広い道行って、
「ああ、こりゃ、ええ道だなぁ、あの二 人はなじょなとこさ行くか、二人は先に 京さ着くかなぁ」
 と思って兄は行った。
 向うから砂煙り立てて、ドッドッとい う音する。そうしたところぁ、まず赤毛 の牛が角二本立てて血走った眼(まなぐ)して、 そうしてまず駆けて来る。
「さぁこりゃ、なに魂消たんだかなぁ」
 と、道をよけっだところが、その一郎 治のとこさ、まっさきに、角を向って来 た。アバラを突っで、
「おれぁ運がわるい、一番わるい、京さ 着かないうちに死なんなねごんじゃ、あ と二人は何とすっか」
 と思って、そこで知(し)しゃねうちに、目 覚してみたところが、とんなええ御殿さ 連(せ)て来らっで、なんと見たこともない絹 の蒲団の上さあげらっで、座敷を眺めて みっど、金の屏風なの立てらっで、枕元 にはええお姫さま、なんでもかんでも見 たことない夢だかなと思って、
「薬だから…」
 と、銀の鉢さ薬なの…。
「ああ、目覚めたか、薬飲め」
 なていわっで、
「ああ、心配しないで、まず痛みはない か」
 なて、その女に言わっで、起きかえっ てみたれば、まだ痛い。
「ああ、お目覚めになって幸せだ。いや いや、まず、心配して、殿様は心配して 心配して、生きさえもすっど、片輪にな んべぁ、何すんべぁ、生きてさえもらえ ば、おれぁ使ってやるから…って言いや る。まず清水観音さお詣りにござっどこ だった。そしたばあばれてこういう風な ことにして。たしか京さでも登るに、京 さ知った人でもいないくて、行くのだか なぁと、考えてのことだったから、おれぁ 使うということだっけ」
 と、こういう風なこと聞いて喜んで、
「薬は京都一のお医者さんの薬だから、 飲んで呉ろ」
 と言わっで、銀のお椀で飲んで、そし てだんだんに痛みも止って、こんどはそ の殿様は藤原という人だったど。どこさ でも聞こえた立派な人でござったど。そ がな人におれぁ救われて、どこだかと 思って、そこで始めて安心して、早く治 りたいと思って、だんだんにええあんば いになったところが、
「ああ、ああ、ええがった。おれも心配 したとこだった」
 と、その方に、立派な息子なもんだか ら、気に合って、だんだんと出世して、 今なら裁判官みたような名、さずけらっ でいだったそうだ。
 それから二番目の弟が、それは気の荒 い生れつききかない弟だったど。それぁ 行った道は真中だから、一番近いと思っ たら、とんでもない、一番遠い道で、そ うして行ったところが、こんどは竹林な のばりあって、どこまで行ってもええ道 でなかったど。
「さぁ、神さまあるどこさ、ほんじゃ今 夜、宿もないしすっから、ここさ泊って いる他ない」
 と思って、縁側さ泊っていたところが、 夜、武士らしい者が肩を叩いて、何者だ かと思っていたら、
「お前はどこさ行くとこだ。なしてこが えなどこさ泊っていたとこだ」
「おれはこういうわけで、京さ行くべと 思ったげんど、とにかく遠いもんだから、 一晩げ泊って明日行くべと思って泊って いたとこだ」
「そういう風なごんだら、おれにええ殿 様がいたから、そこさ案内する。そこの 家来になったらええんねが」
 喜んで、
「いやいや、これは兄だ弟だ何としった か、奉公口、こりゃこがえなええ武士さ つかえされっずだな」
 と喜んで、その人と行だしたところぁ、 まずこんどは左の細道さ行ったところが、
「これは、なんと茂った暗いとこだげん ど、さびしいような、おっかないような 道さ行ってたんだこりゃ。不思議だな。 殿様、こがえなところにいるもんでない んだな。なんと、こういうとこさ来たん だが。なじょなことされんだか、こりゃ」
 と、一人で考えて行ったところが、そ こは賀茂川の水、分っで、細い水あるど こさ行ったところが、その池、大きなの ぐるりにオカバミが住んでいっかと思う ような池だったそうだ。そこをミソノ池 というのだったそうだ。そこにはむかし 女鬼いるどかで誰も行くものぁいながっ たと、思い出して、
「ああ、これはこんなとこで何なもんだ か」
 と思って、ずっとその人の後を行った ところがこんどは少し高みのところに 行ったところぁ、広々とした、とんな御 殿さ行った。
「いやいや。こういうところさ住んで、 殿様となっている人もあるものだ」
 と思ったげんど、何をか不思議に考え て、その人は、
「ずっと、縁側、おれについて来い」
 と、縁側さ行ったれば、ずっと奥の座 敷に三十人ばり、ぞろり並んで酒飲み しったところさ行って、そうしてその上 段にあがって、少し小高いところさ、熊 の皮なの敷いた六尺もあるような大男が 酒を飲んで、
「ああ、まずええ小僧が来たなぁ、おれ の手下になるか、おれの手下になっど美 味いものも食われるし、酒も飲まれんぞ」
 なて、大声で言わっで、ぶるぶるとふ るえて、食ったことないうまいもの食せ られんだし、これもええもんだな、と思っ ていたところが、
「京都さして来たんだど?」
「そうだ」
「ほんじゃらば、晩に京都見物連(せ)て行く」
 なていわっで、そうしたところが、
「今晩、京の方ちゃ行ってみろ」
 そしたら、馬なの引っぱってきた。そ の大将になった人が、白馬さのって、あ とは五六人は馬さのって、薙刀を持(たが)くぁ、 槍ぁ持(たが)ぐぁ、
「何だか、こりゃけったいなもんだな。 夜こがえして歩くなんというものは、こ こらのうちでは、これはこれは、何者ぁ 巣食っているもんでない」
 と、心のうちで考えて、ずっと後さ、
「何も持たないから、さぁお前には刀を 貸すから」
 なて言わっで、その刀貸さっで行った ところが大きな家の門のあるどこで馬か ら降(お)ちて、こんどは二三人が垣根を渡っ て入って門を開いたところが、みなどし どしと入って行って、やぁやぁというも んだから、その二郎治がぶるぶるとふる えて、
「さぁ、これぁ盗賊だ」
 と、心に思って逃げっど思ったら、
「この矢で射っぞ」
 と連(せ)て行がっで、ついていらっだんだ し、
「こがえなところさ入ったじだな。お れぁ」
 と思って、つきそいはその侭いたんだ し、逃げるには逃げらんねしだし、また ついていて、御殿さ行ったところが、そ の金銀一把みずつ、みんなどこさ渡す。
「これはええもんだな」
 と、こんどは悪い方さ心を抱いた二郎 治は、これくらいええものはないんだと、 それから考えたど。これは有名な鬼童丸 という大泥棒だったそうだ。その鬼童丸 は源頼光に殺さっで、二郎治はこんど賢 いもんだから、その先立ちになって、京 都さ行って、どこまでも悪いことさ、二 郎治は心行ったど。
 三番目の弟は、また気立ての柔しい弟 であった。兄たちに別れっどきに、泣い て別れたので、何としったかと思って心 配していんなねくらい柔しい気立ての弟 で、その弟が行ったところぁ、遠い。
「ここらで宿しなくてはなんねべな。明 日行ったらええんだか、誰も泊って来な いんだしなぁ」
 と考えて、夕方になったところぁ、女 一人、年の頃は五十才ばかりになる女ぁ 行会って、
「お前はどこまで行くとこだ?」
「おれぁ京都さ、こういう風にして誰か 奉公に使ってもらうとこないかと思って 行くとこだ」
 というたところが、
「おれんどこさ来ねか」
 といわっで、その人について行ったと ころが、何のええ家だか、その家は長者 だったそうだ。そしてその長者の家さつ れて行かっで、
「こっちさ来い」
 と、その女の案内で、座敷さ行ったと ころぁ、とても見たことのない座敷、そ れも何だ、乞食のような者を座敷さ上げ らっで、何だべ、不思議だなと思ってい ると、真中さ病人が寝っだけど。まず蒲 団の上さあがって寝っだっけ。
「おらえの聟になってもらいたい」
「不躾けな、こがえな乞食のようなのさ、 聟になれなんて、いかにしたたて、こん なこと語っざぁないべな。おれどこから、 かわっだんだべなぁ」
 と思ったごんだど。そうしたところが、
「そのもとを語んなげれば、聟になって 呉(く)ろったって、分んない。おれはこの長 者になったのも、金さえもあっどなんで も世の中というものは、金で解決して、 何でも苦しむことも何もないもんだから …と一生懸命で今迄金貯めした。貧乏者 さ金貸して田畑を取り、いや、何だかに だと偽証文でも何でも書いて、一代でこ れくらいにした。そうしたところぁ、あ の長者では聟に行くものはない、京都中 さがしたって、聟に呉れっどこはない。 そうすっど、まず妻には三年ばり前に死 なっで、この娘たった一人、ほれ、おれぁ 死ぬじど、どうして暮すかと思うと、お れぁ死に切れない。毎日毎日考えでっど、 病気は重くなるばりで、こりゃ起きると いうこともできない。誰か他から来た人 でなければ、聟になの来て呉る人ないと、 人を頼んで、京都さ行く人なり、何なり 男を抑えて、何とかして聟に入ってもら いたいと思って、こうしったとこだ」
 そういう風に語らじゃもんだから、そ の気の弱い三郎治は何ともいわんねくて、
「そうか、んだれば聟になる」
 と。ところぁ、ええ娘できて来たけど、
「安心しろ」と、そこで言うたところぁ、 死んだ。それを葬って、そして金を貯めっ たの、半分をみな貧乏人さ分けて呉れて、 たちまちうちに、
「今の長者はええ長者だ。あそこの長者 はええ長者だ」
 と、みんな喜ぶようになって、花子と いう娘を蝶よ花よと育っていたの…。
 その家に盗賊ぁ来て、その家の宝物や 金、その上、娘も連(せ)て行ったという評判 になったもんだから、その藤原の殿様は、 何とかしてその泥棒を退治しなくちゃな んねから、その一郎治に仰せつけになっ て、何百人の家来をつれて、そこさ退治 にミソノ池どこさ行ってみたところが、 生捕りにしろ、殺さねでという命令なも んだから、それを生捕りにして、手結(ゆ)つ ないで連れて来たわけだ。
 そうしたところが、娘も無事だから来 いというて、命令したところが、長者の 旦那が行って、二人で見たところが、わ れぁ弟で、
「ああ、兄さんでないか」
 というもんで、そこで二人で泣きす がって、いま一人の泥棒になったものは、 手をつながっで、白い庭の砂利の上さ坐 らせらっでいたの、泣いてボロボロと泣 くもんだから、それもよく顔面(つら)見たば、 二郎治だ。
「いやいや、これはとんなことで、娘も 無事帰ったし、兄弟三人が会って、いろ いろな話して、なんでもかんでもええあ んばいになったど。
 んだから、運というものは、なじょに 皆定まっていっか…。
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