21 狸の太鼓打ち

 むかし、山の上に寺があり、寺の坊さ んが十人ばり小僧いて、そして修行さ せっだ寺があったそうだ。
 そして、その番代りに太鼓の大きな叩 かせて合図させて、掃除するにも起るに も、何でも太鼓でだったそうだ。そうすっ じど、信念さんという小坊主は、そいつ の番になったげんども、なかなか大きな 太鼓、ええあんばいに叩くべと思うげん ども、ええあんばいに音ぁ出ないくて、
「なんと下手だな、信念」
 なんて、みんなにむさずらっでばり、
「情けないもんだな」
 なんて、ある晩、月の夜にここで練習 すっじどみんなに不思議なごんだど。村 中でも言われっから、ドッコイショとか つねて、山さ行って叩いていたげんども、 仲々ひびきはしねえごんだどな。そして いる内に、アハハ…と笑う者あっから、 不思議なもんだと思って、向うの木見た ところがそっから狸ぁ来て、
「なんだ信念さん、あまり下手だな。お れぁ腹のように叩かねど…」
 と、腹ポンポンと叩いて聞かせらっじ やらば、とてもええ音だごんだど。
「ほだら、こいつどこさ願ってきくほか ない」
 と思って、
「狸くん、おれに太鼓の打ちよう教えて 呉(く)ろ」
 というたらば、
「ほだなぁ、お寺さ帰って行って、お仏 さまに饅頭あがっていたの、おれさ明日 の晩持って来いな。教えっから、それか ら墨と硯と持って来いよ」
 信念が、
「おやつにいただくの、そいつ持って 来っから…」
 と約束して、次の晩また山さ登って 行ったところが、狸ぁ来ったごんだけど。 そしたば、墨一生懸命で小僧はすって…。 そうしたところぁ、尻尾の太いところで、
「右手出せ」
 というたところぁ、丸く墨で書いて呉(け)たごんだど。
「これ叩いてみろ」
 そうしたところぁ、いやいや、自分も 驚くほどええあんばいに叩かれっこんだ ど。これは大丈夫とて、朝に力まかせに、 喜んで叩くと、
「いや、信念、とんな上手になった」
 と、みんなに誉めらっで、こんどは夜、 お湯に入ったとき、墨消えたごんだど。
 また次の朝叩いたところぁ、またその 通りで…。
「困ったもんだ。いま一度、願って来(こ)ん なね」
 と山さ行って、
「とても、墨、お湯さ入って消えたもん だから、下手になって分んねから、何と かして呉(け)ろ」
 というたところが、
「ほんじゃ、おれぁこんど、尻尾の毛三 本抜いて、きちっと腕さつけて呉(け)っから …」
 といわっで。そうしたらば、
「本当に仕合せなごんだ。ありがたいご んだ」
 と思って、そして今度は、みんな太鼓 叩きの誰ぁ上手だか、信念も上手だと、 そこさ入ったごんだど。そうして力まか せに叩いたところぁ、その毛ぁ吹飛んで 行ったど。下手になったごで。そして、
「こりゃ、何さすがってばかりいては、 何も分んねもんだから、おれぁ一人で上 手になる他てない」
 と思って、一生懸命で自分がどうして 叩いたら音ぁ出っか、上手になっかと 思って、余念なく毎日叩いてみたば、上 手に叩かれっかったど。そして、そいつ と同じに、おれも偉い坊さんのようにな りたいと思って勉強して、その通りに なったど。
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