19 鮎売り与吾兵衛

 菖蒲に鮎売りしている与吾兵衛という 人は、むかしいだったそうだ。その人は あるとき、
「鮎、鮎」
 と、箱かつねて来たところが、帰って 行くときはぁ、風吹いて、あんまり風吹 くなぁと思っているうち、つむじ風で、 みな木の葉なの、その上さ登って行くで はぁ、
「んじゃらば、こりゃ困ったな」
 そのうちに何でもかんでも天さ連(せ)て行 かれる。おれまでこりゃ天さ登らせら れっど困っから、まず桑の木さでも登っ て、というごんで、すっかり鮎箱なげて、 そして桑の木さ、たぐりついっだって。
 そしたところが、鮎箱なの見ているう ちにはぁ、天さ登って行くって。そうし たところが、自分が登っていた木、根ン 元(もく)ずれ自分が天さ持って行かれたど。そ したところぁ、広いとこさ、ちょいと来 た。
「困ったこりゃ、天竺さ来たじなだべな。 おれぁ腹減ったげんども、こりゃ、飯(めし)食 うとこがない。困ったもんだ」
 と思って、四方眺めてみたば、向うに 杉の木みたいなもの見えるから、そこさ 行って誰か居たかも知んねと思って尋ね て行ったところが、この鳥居なの立って た様子だけ。そこさ入って行ってみたば、 やっぱし立派なお堂でもないようなとこ あるけぁ、それから今度は、そこさ行っ て、
「お願い申す」
 というたところぁ、「おう」と言うけぁ、 ドシンドシンと歩(あい)で来たもの、お雷さま だったど。そうすっど、
「いやいや、こういうわけで来たげんど も、腹減ったげんど、食うものない」
 そうすっじど、こんどは、
「なんとか食うものをいただきたい」
 と言うたところが、
「おれが食物とて、持たないげんど、臍 漬けざぁ持った」
 といわっだど。そしてその臍、腹減っ たもんだから、
「臍漬け、たんともないもの、段々に臍 漬けもしておかんなねなぁ」
 と言うごんだけど。
「食ったこともないもの、腹減って困っ たこんだ。行くには行かんねんだし、こ りゃ、一ついただく」
 なて、願ったそうだ。そしたれば、今 度、
「たんとうまいとこでないでば、ひっつ いっだどこ持って来た」
 なて、来たけど。いや食ってみたば、 うまいにもうまいにも、
「こりゃ、いま少しないか」
 というたば、
「段々、臍抜きに行かんなねべどて、い たどこだ」
 といわっだど。それから、
「行くどこもちょっと見つけらんねし、 どうか泊めてもらいたい」
「ええごんだ」
「ほんじゃ泊れ」
 といわっで泊った。
「あした、まず荒砥の方から菖蒲さ、ずっ と雨降らせなくてなんねから、ええごん だ」
 といわっで、
「風の神に、電光(いなづま)、お前はこの甕(すぐ)、水入っ ていっから、ツンツンとこぼして、こが えな小さな甕だげんども、なんぼでも水 入ってた」
 と。そして、
「甕持(たが)って、お前はツンツンとこぼせば ええ」
 というたば、
「風の神さまにも言うていたから、明日 来るから」
 そしたば、大きな袋持(たが)って、風の神は 来たけし、それから雷光、また火打ち石 持(たが)って来たごんだけど。そしたところが、 こんど、風の神はツンツンと口開けて、 ふうっと放したば、
「なえだか、空曇ったようだな。風も出 てきたし、お雷ぁ来るんであんめえか」
 なて、下で音すっけど。そしたば、そ の内に、ヒカヒカと火打ちカネで雷光し た。
「あら、雷光だ」
 お雷さまは太鼓を打(ぶ)って、ドンドーン。 そしてまた与吾兵衛はツンツンと先のう ちぁこぼしったど。
「雨ぁ降って来たから、洗濯もの早く入 れろ」
 なていう音する。
「ここら、まず荒砥であんめかなぁ」
 と、自分が思っていたど。ところが今 度はいっぱいこぼしたもんだから、
「いやいや、困った困った。まずまず水 増しもできるようだ」
 なていうもんだから、
「たしか、菖蒲の方さでも来たかな」
 と覗首(のぞくび)したところが、ドエーンと落ち たことだど。そして池のようなとこさ 入って行ったど。そしたば、われぁ土地 だかと思うようなどこで、
「与吾兵衛という家ぁないがんべか」
というたれば、
「与吾兵衛ぁ、ああいう風に行ってから 帰んないもんだ。どこさ行ったもんなん だか、心配しったけぁ、まずみな死に絶 えたごんだはぁ」
 といわっじゃごんだど。与吾兵衛の家 はここらであったし、墓さでも行って手 合せて来(く)んべどて行ったば、草ぼうぼう と立っていたもんだけど。
「ほんじゃ、草ばりもむしんべ」
 と思って、アンアンと泣き泣き、おっ かさんの髪、ビリビリ引っぱって泣いっ だけど。
「与吾兵衛、そんがえな夢見てなえだ。 おれぁ髪引っぱって…」
 といわっで、目覚してみたば、夢だっ たど。
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