11 耳なし芳一

 源氏と平家が戦って、平家ぁ敗けて、 壇の浦の戦いで平家は皆死んで、平家蟹 なんていうのまで背中さ喰付いていたと いう話だぜさなぁ。人の背中さ背負って るなんて…。
 そん時、あまり亡魂が出たり、いろい ろするもんだから、赤間が関という浜さ、 安徳天皇を先にして、ずうっと名高い人 ばり、石灯篭立てて皆しるしつけて置 いっだどこあるぜなっし。そこの話。
 芳一という人は、赤間が関というとこ で生まっで、眼(まなぐ)見えなくなっていたっ たそうだ。それで琵琶好きで物語なの、 とても上手で、歌など歌っている人、い だったどな。そうすっじど、まずそいつ は話になって、神降しして墨染めの衣着 て、琵琶持(たが)って、廻って歩いたもんだっ た。そうすっど、法師という者では皆に 名知らっで、ある晩、和尚さまのところ より貧乏だったもんだから、和尚さまも そういう音曲好きなもんだから、寺さ、
「おらえさ、泊ったらええでないか」
 と言わっで、喜んでそこの寺さ泊って、 そういう風に語って歩いっだもんだって な。そしてある晩、和尚さまは、
「死んだとこさ行かんなねから…」
 と、芳一ばり置いて弟子と行ったとこ ろが、さぶしいようだし、あまり暖(あった)か いから寝ても寝苦しいからと思って、裏 口から湯さ出きて、裏門のとこで琵琶ひ いて歌うたっていたところが、そこの廊 下伝えて来て、「おーい」と言わっだもん だから、何だか身さ、しみ込むような恐 ろしい、当り前の人でない武士のような 音だごんだから、ふるえながら「はい」 と言うたところが、
「おれが、殿様から、お前の歌聞きたい と言わっだから、行ってもらわんなね」
 と言わっで、
「そがえなとこさ、おれなの行きたくな い」
 と思ったげんども、その人に手引かっ で、
「行って聞かせて呉ろ」
 と。
「是非聞かせてもらわんなね」
 と、手引かっで、その手の冷たいこと は、鉄でも抑えたような手だったど。そ してガタンガタンというな着物は音立て る。不思議だと思って、
「鎧であんめえがな、この音」
 いやいや、早くて早くて、芳一は草履 はいてワラワラと行ったど。そしたとこ ろぁ、
「戸開けろ、門あけろ」
 なんて、その人言ったば、門などギィー と開けて、そうして「入れ」なんて言わっ で、入ったところがまず、とんな立派な ような様子で、奥の方さあえべなんて 行って、そこで、
「一つ聞かせろ」
 なんて言わっで、聞かせたら、
「何ぁええ?」
 なて言うたところが、
「源氏と平家の戦いのとこ聞きたい」
「そいつは一晩・二晩では分かんね」
 と言うたら、
「長くてええから聞せて呉ろ」
 と。そして、
「あと、かまわず来て聞せてけろ」
 と言わっだもんだから、まず張上げて 歌ったところが、皆すすり泣きはすると いう、合奏は上手だなんて手は叩いたり して…。ほだほでに、今度は張上げてビ ンビンと歌ったところが、こんど次の晩 も和尚さまが不思議になって、
「何だか語れ」
 そして、よっぽど若衆いたのさ、
「まず、みんなで、どこさ芳一が行くか、 芳一の跡ついて行ってみろ」
 と、若衆さ命じたところが、芳一はやっ ぱし、またその者ぁ来て、芳一の手ひい て、雨降りの晩だったそうだ。つれて行 かっだど。
「あら、芳一」
 と言うごんで、提灯つけて若衆はその 跡つけたげんど、早くて早くて、追っか 付かんねくて、
「なんだ芳一、なんだまず。こんげなと こさ来っざぁ」
 どて、とにかく芳一どこ探(た)ねらんねぐ なったから、帰んべと思って、その墓場 どこさ出きたら、芳一は一生懸命、各々 墓の前で唄っていたんだけど。「なん だ!」と、芳一どこビリビリと引張って、
「こがえな、何だ。お前だ無礼だ。こが えな屋敷さ入って来て、そうしておれど こせて行くざぁない。なんぼお叱り受 けっか分んねから」
 なて言うげんども、ビリビリ連(せ)て来て、 こんどは坊さんが、
「なんだ芳一、とんだ死病に喰(く)つがっで いたぜ、そがえなとこに、そがえなええ 家などあるもんでないんだ。墓場だった そうだぜ、なえだまず」
 こういう風なわけだぜ、そこはお前、 亡魂にねらわっでいたんだぞと教えらっ で、
「ほんじゃ、今夜お通夜すんなねほでに 行かんなねから、まずととさいお経を皆 お前どこさ書いて行くから、決して、な じょなことさっじゃて、音立てねで…」
 と、足の下から、何から皆書いてもらっ て、また、
「同じとこさ、かまわず坐ってろ」
 と言わっで、またパタンパタンと音し て来たもんだど。そして、
「何だ芳一、心変りしたんねが、なんぼ探(た) ねてもいないな、芳一、芳一」
 と呼ばらっだげんども、黙っていたど。 琵琶ばりそこにある。
「奇態だな」
 と、その人間がつぶやいたど。そうし て今度ぁ芳一は心の内に恐(おか)なくていた ところが、
「なんぼたねても、芳一いないな」
 そして芳一の耳ざぁ、拍子悪く、弟子ぁ 耳さ書くの落したそうだ。そうすっじど、 その耳見つけて、
「ほんじゃ、おれぁ芳一連(せ)て行かねじど、 お目玉喰うから、この耳を持(たが)って行かん なね」
 と言うもんだから、ビリビリ引張った ごんだど、亡魂に。そうして、耳引張らっ で取らっで、そんでも痛いとも言わない で、
「こいつ、音立てたり、何かえすっど、 生命ないもんだから、音立てらんね」
 と思って、我慢して涙こぼし、涙こぼ しいたところが、そのうち和尚さまは 帰ってござって、
「むごさいことした、耳さ書かねがった」
と。そうして和尚さまは一生懸命で治 しておくやって、耳なし芳一となったど。
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