20 猿聟 

 裏千刈、前千刈持った長者だげんども、 日でりで、いっこう実入んねもんだから、 毎日毎朝、旦那さまが、
「裏千刈、前千刈、困ったな。こいつさ えも掛けて呉れんなら、俺は三人の娘 持ったうち、一人娘呉れっけんどなぁ」
 と、煙草喫んで腰かけて話語ったとこ ろぁ、何処となくから、こそこそこそこ そと来たものある。そしたらば、猿ぁ来 たど。
「いま何語った」
「何も語んね」
 猿なもんだから言うた。
「何語んねなんつぁない。聞いっだ」
 と。そいつ語んねでもいらんねくて 語ったところが、
「はぁ、ほんじゃ、俺、水掛けんのなど 雑作ない。ほんじゃ、本当に呉れんなね ぞ」
 と言わっで帰って来たどこだと。そう したところぁ、夕方から雲は下って、ど んどんという雨降りになって、裏千刈・ 前千刈、たっぷりと水掛かった。そして こんど子どもらは、まず喜んで、
「おとっつぁま、水ぁ掛かった。なして 起きやんね、早く起きやい。水はたっぷ り掛かったし、早く起きて飯 (まま) あがれ」
 そんでも娘呉らんなねこと嘘語ったも んだから、いらんねもんだし、水掛ける くらいな猿なもんだから、何しないざぁ ない。こんどは娘さ承諾させることはで きないし、心配して起きないでいたら、 一人の娘が早く起きて飯ぁ上がれと来た げんど、
「俺は飯食 (か) んね」
「なして食んね」
 と聞いたれば、
「俺は猿さ、こうこうした訳で、持った 娘一人呉れるというたところが、水掛け てくれたの、あれさ嘘語っていらんねか ら、猿のオカタになって呉れぬか」
 と言うた。
「人間が猿のオカタになっていらんねな。 何もんぼっじゃ」
 と言うもんで、おどっつぁまどこから 悪態しながら立って行った。そうして二 番目の娘が来たらば、その話して、
「いかにもんぼっじゃだて、なんぼ畜生 に水掛けてもらって、畜生のオカタに なっていらんね」
 と言うもんで、たったもう一人の娘な もんだ。なんとしたらええがんべと、ま すます心配して寝っだどこさ、三人目の 娘ぁ来て、
「おどっつぁま、飯あがやい」
「俺ごと聞いて呉れないか」
「おどっつぁまのことなど、何でも聞く から、早く起きて飯あがれ、水のかかっ たどこ見せ申したいから…」
 と。そうすっど、おどっつぁまはこう こうした訳で、水掛けてもらったのだと 言うたど。
「そがえ、猿のオカタになるなんて、い とやすいごんだ。まず、おどっつぁま見 て飯あがっておくやい」
 なんて言わっで、喜んで飯食ったど。
 そうすっど、猿は篭さなどのって来た ど。いよいよ行かんなねくて、まず嫁に やったそうだ。行くとき、沼さ梅の木が たれ下がっていた。そいつを眺めて行っ たど。そして今度、三月節句に、
「おらほでは、節句に、おどっつぁまど さ餅持って行く」
「ほんじゃ、餅持って行かんなねごで…」
 そして、
「何さ持って行ったらええべな」
「おらえのおどっつぁま、そんげな樫の 葉さ持って行くと、樫の葉くさいとあが んね」
「臼がらみ背負って行ってあげたい」
「ほんじゃ、臼がらみ、雑作なく背負わ れる」
 そうしたところぁ、来っどき花ええ塩 梅に咲いっだど。そうすっど、
「あららぁ、あの花、おどっつぁまに上 げたらば、なんぼ喜んで見やんだか。あ の花折って行って見せ申したいなぁ」
 と言ったば、猿は、
「あがえな木折って行くの雑作ない。 折って来て呉 (け) る」
 と、臼置いて登る勘定した。
「そうすっど、土臭いと、おどっつぁま 言いやるで、その臼背負って登ってもら わねじど、進ぜらんね」
 と。猿のもんだから、
「ここらか」
「いや、もう少しそっちの方は枝ぶりは ええ」
「ここらか」
 と言うと、
「いま少し天井の方だと枝ぶりはええ」
 そうしているうちに、臼がらみしたも んだから、ポキンと枝折っで、沼の中さ 入って、死んでしまったど。
 わらわらと、
「こうして来た、姉さだ。何 (なん) としった」
 と来たところぁ、お天道さまの罰当っ て、お天道さまに親不孝したほで、体を 見せらんねぐさっではぁ、モグラモチに なって、土の中さ入って行ったごんだと いう話。
 んだから、親孝行ざぁ、百行のもとで、 親不孝しないで、親のこと聞きさえも すっじど、何かでええことある。
海老名ちゃう
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