35 犬の宮

 うんと尺八の上手な座頭の坊いたったと。そして高畠あたり、ずうっと家廻りしったと。
 晩方になったところぁ、すばらしい岡立ち雨が降って来たと。道の脇には鏡岩という岩あったと。丁度道の脇で人の二人三人も屈(かが)まれるほど、ガラポコみたいな岩だったと。
「仕様ないんだし、家もないし、此処(こ)さ入って待つべ」
 とて、座頭の坊は入って、尺八吹きしったと。そしたところぁ、雨はガラリと晴ったと。その岩の上に平らなとこあっど。そこで何だかかんだかすばらしいこのましい(騒がしい)音すっど。見たところ、皆狸など獣の踊りだったと。月夜なもんだから、腹太鼓叩き叩き、狸は一生懸命で踊りおどっていたっけと。そして座頭の坊は尺八吹いっだもんだから、座頭どさ来て、
「座頭、座頭、おらだのお囃しさ嵌れ」
 そいつさ嵌って、尺八吹いっだと。狸野郎べら言うには、
「世の中には怖いものはないげんども、甲斐の四毛二毛おそろしや」
 と言ったと。そうすっどのんべに(いつも)そいつを語って、
「そいつを世間にもらすなら、お前の生命はないものぞ」
 と言うと。そのうち、夜明けたもんだから、狸は夜上りしたと。自分もずうっと家廻ったと。そうしたれば何だかかんだか、そっちでもこっちでも騒がしいような話だ。そして座頭の坊も、まず尺八どこでないから聞いてみたと。そしたらば一年に一ぺん村一番という娘をここの上の山の神さ人身御供しないじど、作でも何でもみな荒さっで一粒の米も穫んねぐされんのだと。そんで今年はどこそこの娘ばそいつにやんなねのだ。やるときは向うから一杯侍が来て、貰いに来るのだと。一晩大祝いをして、みんなでかついで山さ置いて来んなねのだと。
 そうすっど、座頭の坊はいろいろ考えてみたと。
「昨夜(ゆんべ)言うには、世の中に怖いものはいないげんど、甲斐の四毛二毛おそろしや、ということ言った。こいつ語っじど貴様の生命もないというようなこというと、おかしいごんだ」
 とて、座頭の坊はその人さ語ったと。
「実は俺は生命などどうでもええ、目の見えない俺だから、いつ死んでもええから語る。こんなこと、昨夜(ゆんべ)あった」
 と言ったと。村の世話方は、
「んじゃれば、甲斐の国さ行って、四毛二毛の犬つれて来るべ」
 と、飛伝をたのんで甲斐の国さ行って、犬二匹買って来たと。
 そして犬を娘の家に置いったと。そうすっどその時刻になって、すばらしい侍がゾロゾロと来たと。犬がちょっと覗(のぞ)って見っど、犬は何を思ったか、出はって行って座敷さとび込んでしまったと。ほだもんだから、侍など来たもんだから、村の人は皆引込んでしまっていたので、座敷で何が起ったか分んねがったと。ドダン・バタンという騒ぎが静まって中さ入ってみたら、狸何十匹となく喰い殺さっでしまっていて、最後に、犬も二匹そこさ倒っで、死んでしまってたけと。
 そんでその犬にその娘助けらっじゃから、犬の宮というのを建ててお詣りしたんだけと。とーびんと。

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