29 笠地蔵 ― 九兵衛の婆さんから聞いた話 ―

 まいど、田中というどこにケンゾウじんつぁという夫婦者いたったと。こいつぁ豆腐ひきで、丁度晦(つめ)市にお正月の凍み豆腐拵って行くべなんて、凍み豆腐を背負って行ったと。
 そしたら、町はずれに六地蔵がずうっと立ってそいつぁ大晦日頃なもんだから、霙雪や何か降って、地蔵さまの鼻っぱしから額の辺りから、雪ばりになっていたと。そしてその人はそいつ眺めて、
「いやいや、地蔵さま気の毒なもんだこりゃ、なじょかして、こいつを温かくして呉(け)たいもんだな」
 と行ったと。そして行ったれば、凍み豆腐は、誰も彼も拵っていないもんだから、うんと売れぁ行って、早く高く売ったと。
「いやいや、これくらいに高く売っじゃごんだれば、すばらしいもんだから…」
 と、それから荒砥の町の反物(たんもの)屋さ廻って、花染めの御戸帳六つ、長いダップリしたのを買って、それから笠屋さ行って、饅頭笠の大きな肩もかくれる位大きい笠六つ買って来たったと。そしてその地蔵さまさ皆かぶせたり、御戸帳かぶせたりして、美しくして、自分がうんと嬉しくて、
「俺ぁ、ばばぁみたいに地蔵講さなど嵌っていないもんだげんど、ばばぁのんべに語っているの、聞いてるど、あちこち語られるようだな、こりゃ」
 なんて、
「キミョウチョウライ、ナムエンメイガンオウ、子育地蔵大菩薩、…。なえだて、ばばぁぐらいには行かねな、こりゃ」
 なんて、拝んで家さ行ったったと。そして行くより早く、ばばぁ、
「じんつぁ、今日は大分寒いがったべ、売れ行きなじょだった」
「いや、寒いなんざぁ魂消げねじだげんど、売れ行きは、うんとええがった。実はこういう訳で晦(つめ)買物、ねっからする勘定で行ったげんども、ぺろっと地蔵さまさ孝行して来たずぁ」
「俺も地蔵講さ嵌っている。そいつぁええこと考えて呉(け)たな。じんつぁ」
 そして、寝るべとて、二人して寝だったと。そしたば夜の丑の刻だと。
   ヨインサのセイ、ヨンサ・ヨンサ
 なんて、人の十人も語って来るようだとていたと。
「ばばぁ、街道ですばらしい掛声する。なんだか小気味わるいようだな」
   田中のじんつぁ どこだ
   ケンゾウじんつぁ どこだ
「俺の他に田中のじんつぁ・ケンゾウじんつぁなんていないべし、何だか気持わるいな、ばばぁ」
「ほだな」
 なんていたったと。また声がする。二人は縮こまって、すくなんで二人は寝っだったと。そうしたれば錠口から入って来て、戸の口さドダーッという音すっと思ってたと。気味わるくて二人は、明るくなんねうちは起きてみらんねがったと。
 そして夜明けたもんだから、ばばぁと二人で戸の口開けんべと思ったら、戸など開けらんねほどぎっちりなってたけと。そして見たところぁ、いやすばらしい銭、米に豆に衣裳など山のほど、地蔵さまくれて行ったけと。どーびんと。

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