29 三枚のお札

 むかしとんとんあったずま。
 春先、友だち三人して、裏山さ杉葉拾いに行ったずま。ところが、いつもと違って、その日はいっぱい落っでで、夢中になって拾っているうちに、いつしか日がとっぷりと暮れてしまって、真暗になってしまったけずま。そして三人が暗くなってしまったんで、帰らんねぐなってはぁ、どこさ泊めてもらわんなねなぁて思って、みんなさ話したれば、遠くの方に一つの灯りが見えて来たんだど。
 て、三人が相談して手つないでそこさ行って、家の中のぞいてみたれば、年寄ったばんちゃが一人で糸つむいでいだんだけど。三人がここさ泊めてもらうべて相談したんだど。そして、
「今晩はっす、今晩はっす」
 て、戸叩いたんだど。そして、
「今晩一晩泊めて呉らっしゃい」
 て頼んでみたら、やさしい声で、「はい、泊まらっしゃい」て言うたので、安心して中さ入って行ったんだど。ほしたら、大概こっちの部屋さ休まっしゃいとか、こっちの座敷さ上がらっしゃいて言うんだげんど、
「お前だ、三人戸棚さ入ってろ」
 て言うて、三人がおかしいと思いながらも戸棚さ入って、ほして、様子見っだんだど。
「おかしいねぇ、戸棚さ入れるなて」
 そして、節穴からばんちゃんの様子ちょいと見ていたど。そしたらさっきと丸っきり変った顔してるんだど。口は耳まで割っで目はらんらんと輝いて、こんど俎板(まないた)出したりして、包丁砥ぎはじめだんだど。ズバリズバリと包丁砥ぎながら、ヨダレたらしながら、何かブツブツ、ブツブツ一人言たっていたんだど。
「いや、うまいなとび込んで来た」
 なていだんだべずね。三人は恐(おか)なぐなって逃げること考えだんだど。
「ばんちゃ、ばんちゃ、小便出る」
 て怒鳴ったんだど。したらばばんちゃ、
「小便だら、そさたれろ」
 こいつは困った。
「ばんちゃ、ばんちゃ、バッコ出る」
「バッコは駄目だ、バッコは駄目だ」
 顔をしかめながら、
「んだら三人に縄つけてやっから、早くたっで来い」
 三人は縄つけられて便所さ行ったんだど。ところがそこの便所(せんち)の神さま現わっで、
「おれが押えでで呉っから逃げろ。間もなく追かけられっから、その時はこの三枚のお札をまけ」
 て、三枚のお札を呉(け)だんだど。
「白い札は〈塩の山でろ〉ていうど、塩の山はできるし、青い札は〈川でろ〉ていうど、川出る。赤い札まいたら、〈火の山でろ〉ていうど、火の山が出て、ぼんぼん、ぼんぼん燃えっだ火の山でる。そして三枚のお札まけば、家の近くまで逃げられっから」
 て、三枚のお札を三人に渡したんだけど。ところが鬼婆は三人があんまり遅いので、エンヤコラ、エンヤコラて引張って見たれば、便所(せんち)の神さま、便所の柱さ結(ゆわ)えつけて呉(け)だんで、
「まだか」
「ん、まだまだ」
「まだか、長い野郎べらだな」
 あんまり遅いのでノソリノソリとやって来てみたんだど。ほしてびっくりして、
「あ、逃げたな」
 て言うより早く、
「うん、こっち側が人くさい、こっちから行ったな」
 そしてドンドン、ドンドン、大股に追かけで行ったんだど。その時三人はドンドンと頭(かしら)先に立てて走ったんだど。んだげんどもいま少しで鬼婆に追かけられるようになったんだどはぁ、して、便所の神さまからもらった白いお札、いま少しで手が届くていうときに、「塩の山でろ」でまいたんだど。ところがすばらしい大きい塩の山でて、登ってはずっこけ、ザザ、ザザーッ。また登ってはザザ、ザザーッずっこけだんだど。五回も六回も登っているうちに片端から舐めはじめたんだど。口の両脇から血なの出しながら、そしてたちまちのうちに食ってしまったんだど。
 そしてまた追っかけて行って、三人が息切らしながら、逃げだんだげんど追っかけらっでしまったんだどはぁ。鬼婆の手、いま少しで届くようになったとき、青い札をまいて「川出ろ」て言うたれば、大きな川出たんだど。鬼婆、着物の裾まくって川さ入っては流され、起き上がっては戻り、また入り、そうしてるうち、片端から飲み始めだんだど。ドクドク、ドクドク。さっき塩なめたもんだから、水いっぱい飲んだんだど。ドクドク、ドクドク。そうしたら、川の水なくなってしまったんだどはぁ。そしてまたどんどん、どんどん追って来たんだど。三人はあと一枚しかなくなった。くたびっでしまったんだしはぁ、見る見るうちに鬼婆近づいて来るんだどはぁ。そして最後の赤い札一枚を、「火の山でろ」て投げだんだど。そしたら、ぼうぼう燃えた火の山でたんだど。鬼婆が近よって、「あつあつ、あつあつ」。仲々近よらんねんだど。ところが悪智恵のある鬼婆なもんだから、さっき飲んだ川の水吐き出して、火ぷらぁぷらぁて、たちまち火の山消えてしまったんだど。三人が火消さっでしまったし、鬼婆がものすごい速さで走ってくる。何とも仕様なくて、そこさある菖蒲とよもぎの原さ入って隠っだんだど。鬼婆はそこまで来て、
「この辺だな、よし、いや、菖蒲くさい、よもぎくさい。いや駄目だ。とっても駄目だ」
 何とも仕方なく山さ戻って行ったんだけど。ちょうどその日は五月節句なんだけ。んだから今でも部落では五月節句には、菖蒲とよもぎの芽さして悪い病気しないようにするんだけど。ドンピンカラリン、スッカラリン。
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