28 讃岐の吉内

 むかしとんとんあったけど。
 讃岐の吉内という人いだんだけど。その人は小(ち)っちゃこい時からおっつぁんが酒飲みで、おかちゃんが体悪くて、お神楽さ売らっだんだけどはぁ。そしてお神楽さずうっと追かけているうち、とうとう二十才になつたんだけどはぁ。おっつぁんがあまり酒飲むもんだから、早く逝(な)くなって、おかちゃんばっかり暮していて、最近めっきりおかちゃんが、がおった(弱くなった)ていう噂きいて、讃岐の吉内が家さ帰っだくなって、帰っだくなって、そして親方さ、
「何とか暇呉てけらっしゃい、家さ帰っておかちゃんば少し扱って呉(け)っから」
 て言うたんだど。
「ああ、ええ。よく働くから、おかちゃんさ行って来い」
 て言うて銭少しもらって、どんどん、どんどんと急いで家の方さ来たんだど。ほうしたれば峠さひっかがったんだど。そこまで来たれば、そこの村の人ぁ、
「ほら、旅人、夜になったら、あそこの峠越さんねぞ、化けもの出はって、あそこの峠越して陰さ行った人ざぁいねなだ。みんな食(か)っでしまって、何一つ残んね。お前やめて今夜こさ泊まれはぁ」
 んだげんど、その吉内は家さ行きたくて、家さ行きたくて、
「んだて、おかちゃんが病気で死ぬか生きっか分んねだから、何とか通して」
「いやいや、おらだ通すとか、通さねとかて言うているのでないなだ。食っでしまって何にもなんねべな。ほだごと言わねで、悪(わ)れごと言(や)ねがら、この村さ一晩泊って、明るくなってから行げ」
「んだて、行ぐだいんだもの」
「ほだえ行きだいんだら、可哀そうだげんど仕様ないっだな」
 そして吉内がどんどん、どんどん峠さ登って行った。日はとっぷり暮れてしまった。そこさ大きな桜の木あったんだど。したれば何だか山より風がふうっと吹いて来たら、ぼやっと明るくなったと思ったら、そっから白髪の老人出はって来た。
「こらこら、こらどこへ行く」
「はい、おかちゃが病気で、今から行って看病すっどこだ」
「うーん、んだげんど、ここ通すわけに行かね。お前は何(なえ)ていう名前だ」
「はい、讃岐の吉内です。みんな讃岐吉内て呼んでます」
「何、タヌキとキツネ?狸も呑んだことあるし、狐も呑んだことある。ここら一帯を支配する白蛇だ。おれも何百年と年とって来たほでに、化けることができる。お前、狐と狸では化けられっか」
「はい、化けられます」
「ほうか」
 吉内は恐(おか)なくて恐なくてプルプルふるえっけんども、我慢して両足踏みしめて、下腹さ力入っで答えっだ。
「うん、うだら化けてみろ。狸は三化け、狐は八化け、化けっどパクリと呑まれる。そして人なの一ぺんと化けらんね。片っ端からみなひょっと呑んでしまう。おまえは狐と狸と、面白い奴だ。どのくらい化けられっか化けてみろ」
「んでは化けっから、桜の木くるっと一回廻って来てけらっしゃい」
「よしよし」
 そして吉内はフスマ袋からヒョットコの面を出して、ひょいとかぶった。お神楽だから、それからオカメ、いろいろな面持(たが)って、ヤクザになったりする道具、みな持っていた。くるっと廻ってくる時に、ヒョットコの面、
「よう、おもしろい顔なもんだな。何してお前口そっちゃ曲って行った」
「んじゃ、また一ぺん廻ってくる」
 またくるっと廻ってくるうちに、鍾馗(しょうき)の面、
「これは恐ろしい、いやいや、上手なもんだ。なんだ、この鍾馗ざぁ大嫌いだ」
 そしてまたくるっと廻ってくるうちに、お神楽かぶった。
「ところで吉内、おれと兄弟分になんべぁ」
「はい」
「んで、あの、蛇どの蛇どの、世の中で一番きらいなものは何だ」
「おれの嫌いなもの聞いて何するんだ」
「いや、好きなもの、嫌いなもの聞いでで、兄弟分となれば招ばっだりすんなねべぁ、そん時、嫌いなもの出したなて悪(わ)れがら、聞いて置っかど思ってよ」
「うん、はいつも、んだな」
「んだら、おれ言うて置っけんども、おれ一番きらいなのは、煙草のヤニだ。その次は鉄の錆だ。あと大した嫌いなものない。お前何きらいだ」
「はい、おれ一番嫌いな、小判なのきらいだず」
「やぁ、これは不思議な男だな。大概の者は銭と小判でばり来る。そして取っだくて居っずだ。小判きらいだなて面白い男だもんだな」
「わかった。んだらその嫌いなもの誰さも言わねこすんべな。言うたら生かしておかねからな」
「んだっだな。そいつぁ」
「しかと誓ったぜ」
「はい、はい」
「んじゃ、まず」
 て言うど、白蛇の化けた奴がすうっとどこかさ行ってしまって、兄弟分になった吉内は、
「ええがった、まず」
 どんどん峠越して村さ走って行った。したら途中の村で朝げ草刈りしったけぁ、
「あらら、人ぁあっちの方から来た。朝げ早く人来るなんて珍らしい。今まで来たことない。なぜしてお前来たや、あそこで化けもの、食んねで…」
 黙っていた。言うど殺されっから、
「お前教えろ、んねどここっから通さね」
 みんなして集ばって来て、
「なぜして来た、なして、あそこむぐって来た」
 みんなに聞かっで、何とも仕様なくなって、
「こいつは、こうこう、こういうわけで、あそこにいた化物というものは、白い大蛇のすばらしく大きな蛇なんだ。ほして、はいつどこ、こういうわけで恐かないがったげんども、勇気出して、こういう風にしていたれば、とうとう二人兄弟分になってしまった。そして何嫌いだのて話出た」
「何嫌いだて言うた」
「煙草のヤニ嫌いだて言うたけ、あぁ、言うてしまった、仕方ない」
「ほうか、よし、煙草も駄目か、んじゃ、隣の村さも教えて、その隣の村さも教えて、峠のかげも教えて、そして煙草のラウからミゴでヤニみな取って、村中どこの村でもヤニ集めて、ほして峠さ登って行って、どこここなく煙草撒いて歩ったんだど。ほしたれば何も知しゃねで大蛇また何か来ねがと思って、夕方からサラリサラリ、ニョロリニョロリと出はって行ったわけだ。そしたらヤニ臭い。「誰だ」。ヤニの上さあがってしまった。そっちヤニ、こっちヤニ、体はこんど色変ってしまってはぁ、腐れ始めたんだど。
「あの野郎、狐と狸の野郎教えたな。ようし仇とって呉らんなね」
 そっからものすごい勢いで吉内の家の方さ白い大蛇来たんだど。老人に化けで。そうして、
「こら、吉内いたか。タヌキ、キツネいたか。よくもおれの嫌いなもの教えたな。生かして置かねぞ。にさの嫌いなもの、いっぱいふっつけて呉んなね」
 て言うて、サマから戸から庭からバラバラ、バラバラ…、いままで呑んだり何かえすっどき取ってた小判みなぶっつけてよこしたど。
「この野郎、殺して呉んなね」
「いやいや、白蛇の旦那、そいつだけ勘弁して呉ろ、気持ちわるくなって来た。ゾクゾクする」
 言うたんだど。吉内が、
「何、やかましい。殺さんなね、おれぁ間もなく死ぬなだ」
 バラバラ、バラバラ投げてよこすんだど。
「ああ、切ない、息つかんねようだ。そいつだけ投げないで呉ろ」
「駄目だ」
 バラバラ、バラバラ投げて、蛇行ってしまったんだどはぁ。ほうしたれば、こんど吉内がおそるおそる出はって見たれば何と銭ぁ山ほどあるんだけど。 ほしてはぁ、間もなく蛇は死んでしまって、その銭でおかちゃんの薬買ったり、お医者さんさかけて呉(け)だりして、二人は仲よく楽に暮したど。 ドンピンカラリン、スッカラリン。
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