39 八月赤子

 むかしあったけど。
 お腹大きくなって、八月にもなって、いまにも生みそうになって出掛けたもんだから、山の中まで行ったら、腹、急に病めてきて、炭小屋のような小屋見つけて、うんうんと、腹病めてうなっていたど。そしたら侍通りかかって、
「近頃買った、新身(あらみ)の一刀で、試切りしてみる」
 て、そしてはぁ、その苦しんでいるそのおっかさんば、その新身の刀で切ったってなだ。そうすっど中まで切れないで、腹の皮まで切れて、そうしてその人は、
「おお、切れる切れる」
 なて、行ってしまったど。そうすっど、その傷口から赤子が顔出して、オギャオギャと泣いていたど。
 それ、むかし、ワラジ履きで道中したもんだど。砥屋藤左ヱ門という人が通りかかったど。なんだもんだか、小屋の中で赤子の泣き声するから入ってみたら、女の人のお腹切られて、その傷口から赤子が出て、オギャオギャ泣いてだど。
「可哀そうに、まず、親は何とも仕様ないから、子どもだけ育ててやんべ」
 て、そう思って、その男の腕で子ども取り上げたような形にして、つれて行ったど。家さ。そして「お捨て」と名付けて、こんど育てておいて、よっぽど大きくなってから、
「お前はこうした素性の子どもだ」
 て言うこと教えたど。そうして、
「おれは刀の砥師だから、いずれその刀持った侍、来るかも知れない」
 て、こう言うて教えて育てて来たど。ほしたら段々に大きくなって、
「憎い親の仇とってくんなね」
 て、その子はそう思ってたど。そしたらある時、やっぱり相当の年配になった侍が、刀砥ぎ頼みに来たちゅうなだもの。そしたら、少し刃こぼれあったどな、刀に。そしたら来る人毎に、藤左ヱ門という人は調べるために、その刀はどうしたわけで、ここに傷付いたことの、どうのこうのと話しながら、砥ぎ砥ぎしてだなだど。したら、その侍言うには、
「この刃こぼれは、昔、山道通りかかって、炭小屋のようなとこで、大きな腹したかか、腹病みしてたのを始めて買ったとき、試切りしたときの刃こぼれ、今だに残っていんなだど。できたば、これも取るように砥いでもらいたい」
 て、こう言うたど。それ、カゲの部屋で聞いてだ子どもの『お捨て』は、今にも飛びかかんべと思ったども、藤左ヱ門に目くばせさっで、まずやめて置いたど。そしてその刀砥いで、こんどあんまり切れなく砥いで呉っだわけだ。次の日になって役人さ届けて、そして藤左ヱ門さんが助けだちして、親の仇とらせて呉っでやったけど。むかしとーびん。
 
〈話者 川崎みさを〉
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