30 トッキ藤兵衛

 むかしあったけど。ある村に若衆大勢いて、みな稼ぐ村であったけども、藤兵衛という若衆一人いであったど。稼ぐことは稼ぐども、あんまり気早やで『トッキ藤兵衛』という名、あだ名もらったけど。そうしてこんど、また朝げ早く起きて、
「おっか、今朝、馬で草刈りに行ってくっから馬に飼餌(かいば)して、率かれるようにして呉ろよ」
 なて、自分歯みがいっだりするうちに、母親に頼んだずも。そして母親は馬にいっぱいもの食(か)せで、出口さつないで、
「家の前さつないだから、いつでも率いて行がれっから、行ってもええぜ」
 なて言わっではぁ、率っぱって行ったど。そしてずっと、山草刈って来んべと思って、坂上(あが)りかけたずも。今朝の馬大人しくて、さっぱり声立てねどて、あれだと思って振り返し見たれば、コタツヤグラ引いて来ったずも。
「おら家のおっか、まず、錠口さつないんだからって言うけぁ、そっから持ってきたな、コタツヤグラだ」
 なて、ブンブンて怒って、
「なんだ、おっか、おれにコタツヤグラ率かせてやって…」
 なて、
「藤兵衛、間違って率いて行ったんだごで。おれ、ほら、そこさつないだんでや。馬。鞍まで掛けておいだでや」
 そしたば、その脇さ馬はリンとしていであったど。それからこんどはぁ、
「遅くなったから、おにぎりして呉(け)ろ、弁当もって行んから、そして、遅くまで掛がんべから、おっかだは朝飯終して呉(く)れっどええべから、おにぎり持って行って来っから…」
 おっかは握り飯にぎって、そして、
「上り口さ出して置っから、これ持って行げよ」
 こんど、
「漬物、暖かいから漬け直ししなねし…」
 なて、おっかは漬物つけに騒いだ。藤兵衛はまた行ったずも。こんど馬率いて行って、握り飯食べて帰んべと思って見たば、石だずもな。
「なんだべ、おっか、こんな石、おれにあずけて、腹空(す)きて仕様ないに…」
 またはぁ、行って、かかって呉れんべと思って、ブンブンと来て、あまり気もんできて、隣の家さ入って、
「何だ、おっか、おれにおにぎりだなんて、騙して漬物石だけぞ」
 なんて怒って入って来たずもの。
「何語る藤兵衛。まずお前の家であんまぇ、隣のおっかだぜ、おれは」
 ていうから、顔見たら、隣の家さ入っていたど。
「ああ、申訳ないことした。ほんでは悪かった、おれは。あんまりトッキなせいだから、気付けっから、まず許して呉(く)ろ」
 なて、隣のおっかさ謝まって、それから今後はぁ、何事も、おれはあんまりトッキなせいだから、落付いてしなね、と思って、それからこんど、心を入れかえて落付いてするようになったば、何にも間違いもなく、村でも評判な、稼ぐええ若衆になって、一生安楽にはぁ、奥さんもらって、子ども出て暮したけど。むかしとーびん。
 
〈話者 高橋しのぶ〉
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