12 天人女房

 むかしあったけど。
 あるどき、若い衆ら稼ぎに行って浜辺通り掛ったら、きれいな着物、松の木の枝さかかってあっずもの。それからこんど二枚も三枚もあっども。それから一番きれいなようなな、と思ってふところさねじ込んで知しゃねふりして、薮の中さ隠っで見っだど。そしたば水浴びしった女衆、あがって来たずもの、三人だか四人も上がって来たな、一人の女は、その着物ないもんだから、ほら、着ることできないずも。そして探していっども、ないもんだし、
「早く行かねば行かんねくなるから、お前探して来い、おらだ行ってるから」
 て、着物のある人はそれ着てはぁ、みな天さ舞い上がって行ってしまったど。ほしてはぁ、着物のないな、うずくまって泣き出したずもの。そうすっど、薮からその男出て、
「なして泣く」
 なて、知しゃねふりしていたど。そしたらこういうわけで着物なくて、おれ、家さ帰らんねて、そういうたど。
「ほだら、まず、おらえさ歩(あ)えべ、何か着るものあんべから」
 なて、連(つ)っでったごんだど。そしてこんどはぁ、羽衣見付けらんねように、戸棚の隅(すま)この方さ突込んで、自分の衣裳など出して、着せておいたど。そして帰らんねて言うし、
「仕方ないから、ほだら、まずおれ、おかたになっていねが」
 て、そういうて騙して、おかたにして置いたど。そしてそのうちに、男の子ども生れだずもの。そしてその子ども、いたずらするようになってから、そこら引っかき廻したば、羽衣見つけて引張り出したごどだずも。
「おかちゃ、おかちゃ、こんなきれいなものあるわ」
 て、こう言うど。
「いやいや、これはおれの大事なもんだ。どこにあったや」
 戸棚の隅(すま)この方にあったぐらいなこと教えたべちゃ。
「ほんでは、おれ、これあれば天さ帰られる。おれは天の人間ななであった」
 て。
「お前は、おどっつぁと二人で、ここの家で暮せよ。おれは天さ行ぐから」
 て、親父、また働きに行ったその間に、子どもによく言い聞かせて、
「もしや、おれにまた会いたくなったら、この夕顔の種子呉っで行くから、これ蒔いて馬の沓百足拾って、肥料(こやし)にしろよ、そうしっど天まで登って来られっから」
 そう言うて教えて行ったど。むかしはカナグツなんて出ないうち、藁で作った沓はかせておいたものだと。馬に。それ百足肥料にしろて教えて行ったど。そしてこんどはぁ、野郎こ、行がっでしまったもんだから、泣いっだわけだど。夕方親父どの帰ってきて、
「なして泣いっだ」
 て言うた。
「おら、かぁちゃん、ほだたて、おれ、ここほげだら出はってきた衣裳着て、天さのぼってってしまった。ほして、おれに会いだくなったら、この夕顔の種子蒔いて、馬の沓百足肥料にすれば、会われっからな、来られるからな」
 て、そういうて教えて行ったって、こう言うど。それからこんど、親父もはぁ、こんど「そうすっこで」て、夕顔の種子蒔いて、見つけっど馬の沓一生懸命で拾って来たもんだど。九十九足になったど。ほだども、あと一足ないったて行かれんべ、ほら、うぶされ」
 て、野郎こば背負(ぶ)って夕顔のぼって行ったど。そうして登って行ったところがいまちいとにして、天さ届かねごんだずも。そして九十九足で届かねで、
「んでは、ここから、しゃなってみるか、おっか、やーい」
 て、野郎こはしゃなったわけだ。そしたば来たど。ほだども、
「約束通り、もう一足たんねくて、天さ届かねなだから、お前だは人間の世界で暮さねねことになってた定めだべから、ここから戻って呉(く)ろ」
 て、顔見ただけではぁ、
「今日は戻ってもらわねね、約束を破らんねもんだぞ」
 て教えらっではぁ、親父もはぁ、それ聞かせらっで、あきらめて、そこから子どもつれて戻ってあったど。天と地の人間はやっぱり別に暮さんなねがったんだけど。むかしとーびん。
 
〈話者 川崎みさを〉
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