15 彪の皮で屋根を葺く

 露藤から北に三里離れた宮内町は製糸場の多いので名高い幾十棟と知れぬ工場 の煙筒から煤煙をはいて天日ために曇らしている。年を逐うて町は発展し、置賜 の経済の中心地だとまで言われている。
 しかし今から七八十年以前の宮内は寂しい一寒村の駅場に過ぎなかった。うっ そうとして茂る熊野の森、その宮に鎮座する熊野の社もねぐら鳥の宿であった。 今も変りはないが、町の南端を六角の卒塔婆があるから、その名は命名したとや ら、この六角町の事について面白い話は残って居る、長い冬籠りから覚め朗かな 春日和が続けば、野も山も白衣をすてて別天地となる。飯豊おろしの春風が吹く、
 時としては気まぐれな強い風は吹いて、草屋根を飛す春風はこわい者の一つにさ れている。ある春の日の事、春は未だ浅いので、部落の若衆大勢集まって藁仕事 に余念はない。そこへのこのこやって来た佐兵次、
「皆の衆や、佐兵次は昨日宮内に行って来たが、何様、宮内はよい処だよ」
 と、さも珍らしいものを見て来た様子、振りむけば、例の佐兵次さんだから、
「なんだい、そんなとんきょう声で…」
「いや、宮内はあんなよい処とは思わなかったよ、屋根葺というから、どこも萱 なんだが、宮内では彪の皮で屋根を葺いておった」
「馬鹿な、いくら宮内というたって、虎の皮や彪の皮で屋根葺く筈はない」
 若衆は笑って真実としない。
「だが、それはたしかなもの、佐兵も見て驚いて来た」
 あまりに真面目さに好奇心は沸いてきた。
「しかし佐兵次さんの事だから、又やられるか知れぬ、もしも彪の皮でなかった ら、どうするかね」
 佐兵次、すました顔で、
「何間違いないが、念のため見届け、どちらが負けても酒十杯の賭としよう」
 又賭けは始まった。今日はおそい、明日、若衆の内二人えらばれて見届けする 事となった。翌日となった。今の様な汽車の便利がなければ、自動車の便もない。
 その頃、膝栗毛によるより外なかった。一行三人宮内町の六角町に入った二人は 好奇心にも彪の皮の屋根を早く見たかった。
「おい、佐兵次さん、彪の皮の屋根はどこにあるんだい」
 佐兵次さん、呑気なもの、「すぐだよ」。六角町のある一軒の家、先頃の烈風に 屋根吹きとばされ、急の処置に米俵を以って塞いでおった。それを指して、 「あれだよ、彪の皮の屋根は」
 同行の二人指された処見れば、なんの事、米俵だから、余りの馬鹿馬鹿しさに 佐兵次になじった。
「佐兵次さん、馬鹿も大抵にした方はよいぞ、彪の皮などと人をだまして、あれ は米俵でないか」
 処至って平気な佐兵次、
「お前達、そんなに怒っては困る。おれは彪の皮だから、彪の皮だというたまで の事、賭もおれはしたではない、まず見よ、米俵は一俵、二俵と数える筈、その 米俵の中の米はないから、彪(俵)の皮だよ」
若者二人、あいた口は塞らない。こうして佐兵次は久しぶりで酒の馳走にあず かった。
〈昭和五年・平間良重〉
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