12 魚屋問答

 高畠町に桑名屋甚兵衛という魚屋があった。其の頃、肴といえば仙台から七ヶ 宿の街道を背負って商ったものだ。殊に一塩の鮭など店前に陳列されると非常に 珍らしいものとされた。値も又意外に高価であった。
 ある秋の日の事、佐兵次、例の風彩で桑名屋の店頭に立った。ちょうど一尾の 鮭は並べられて居った。鮭屋の主人、佐兵次と見てからかい始めた。
「佐兵次さん、どうだい、初漁の鮭、今仙台から届いたばかりだが、欲しくない か」
「うまそうだが、一体いくらだべ」
 と答えると、魚屋の主人、佐兵次の事だから、鐚一文持って居らんだろうと思っ て、
「初鮭だから高いよ、だが佐兵さんの事だから、特別まけて五文にして置こう」
 というと、佐兵次、早速懐中から五文を出して、
「じゃ、買って行くよ」
 とその鮭を持って行かんとした。魚屋、びっくりし、
「おっと一寸待ってくれ、其の鮭に少し聞きたいことがあるんだ」
 と、鮭にむかって一人言、
「おい、お前、佐兵次の所に行く気かね」
「うんうんそうか、佐兵次さん、この鮭はお前の処に行くが嫌じゃそうだから、 又この次に買って呉れ」
 と、これを取り上げてしまった。「ああそうか」と黙って帰った。やがて二十日 ほど過ぎてから、佐兵次、晴衣をつけて魚屋にやって来た主人の甚兵衛、びっく りして、
「これはこれは素晴らしい姿をしてどうしたい」
 と言えば、佐兵次、
「実は桑名屋さん、旦那の婚礼なので、おれは買物にやって来たんだ。一つお前 の店で魚を買いたいと思うが、その前に八百屋に行ってくるから帰りまで取りそ ろえて置いてもらいたいがね」
 と、注文の仕切書を出した、見れば余程大家の婚礼と見えて、かれこれ五両程 の品物だ。桑名屋の主人大喜び、早速店中のありたけの品を取出し、切るべきも のは切り料理すべきものは料理し、それで足りないものは、あちらこちらと駈廻 り、ちょうど注文の品だけを取り揃えて佐兵次の来るのを待って居った。
「よく早速揃えて呉れましたな。処で値段はいくらになるかね」
 と言えば、 「へえへえ、どうも有難う存じました。ちょうど五両二分二朱になります」
 と答えると、佐兵次、財布からざらりと金を出し、五両二分二朱を並べると主 人は喜んで、
「へえへえ、確かに頂戴いたしました」
 と受取ろうとすると、佐兵次、
「おっと、一寸待ってもらいたい。実は其の金に少し聞きたい事があるんだ」
「おい、小判、お前はこの家にいたいか、何?嫌だ、ああそうか、それじゃ仕方 がない、桑名屋さん、お気の毒だが、又この次に買う事にいたしましょう」
 と、その金をザラザラと集めて財布に入れ「はい、さようなら」と帰って行っ た。
 
〈大正十五年・高橋友吉〉
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