10 いぢこ作り高慢な男をこらす

 佐兵次は露藤の自宅にいることは稀で、隣村から隣村へと転々として漂泊し、 東は七ヶ宿方面から南は関・大沢、西は玉庭辺まで足跡を印し、至る処に奇行逸 話を残し、人々に可愛がられた。身体は低く五尺一寸位で其晩年になってからは 三味線を背負い、腰に物差をさして歩いた。又日記は一日として欠いた事がない。
 何月何日、某宅泊り、旦那何歳内儀何歳家族何人と精細に書いた珍らしい道具な どを見る時は腰から物差しを取り出して、何尺何寸と書き留め、他日右寸法を見 て手細工した。数年前の事、部落の某宅で佐兵次の制作したという戸棚並びに 笥を見たが、本職としても恥ない作であった。機織りの道具は自ら作った。歩く ときは、サツキ笠を離さず、思案に耽けって路端にたたずむ。
「佐兵、何を思案して居る何処へ行くのか」
 と言えど黙っている再三に及ぶと、
「何、おれの行く先は足の向き次第さ」
 と。いぢこは前にも書いたが、天才的に上手であった。気のむく時は半分仕掛 けた侭さっさとやめて行く。幾日たっても作らない、亀岡に行った時と聞いたあ る人の炉辺話に、佐兵はいぢこ作りの名人、日に三つも作るぞと語った。
「馬鹿な、いくら上手でも、一人前は藁こしらえして、一つときまっている。三 人前は出来るものではない」
 とて、真としない。しかし佐兵次は気のむく時は三つ位はこしらえたという。 ちょうど秋のたそがれの頃、その家の娘、婚家から帰って、程なく玉のような 男の子を挙げた。折よく佐兵次が来たので、これ幸いといぢこを頼んだ。
「佐兵次や兼ねてお前はいぢこ作りは上手、日に三つも作ると聞いたが、実際作 ることは出来まい」
 と横柄な言い草、むっとしたが、そこは佐兵次、顔色には出さぬ。
「旦那、私は上手とは行かないが、いぢこ作りは一番の得手、実際三つ位は作る よ」
「そうか、それは何よりの幸せ、この間初孫が出来たんで今日は一つ作って呉れ んか」
「おれでよければ作って進ぜる」
 仕事着に着換えると佐兵次、厩に行って藁ごしらえにかかった。暫くすると炉 辺にやって来て、
「旦那、何せいぢこは祝い事であるから、一本祝って貰う事としているから」
「そうか、嬶や一本かけろ」
 はいと言って、その家の妻子はいそいそと仕度にかかった。重ねて佐兵次、
「肴は頭付で馳走になろう」
 炉辺で旦那相手に二本馳走になった。何と思ったか、佐兵次、気分でも勝れぬ 様子、旦那、佐兵次に向い、
「佐兵次や、何か心配事でもあるのか」
「はい、実は急に心配事が出来たんで、祝いものだから、気分の悪い時は作らぬ 事として明日は作るから、藁ばかり拵えて下さい」
 と、其の日は帰って了った。
 翌日は佐兵次、来て作って呉れる事と藁拵えして、待てど暮せど来てくれぬ。 幾日たっても姿さえ見せない。奴三つ作るなどと高慢な事をいうたものだから、 来るとて来られないのだろう。途中で佐兵次に会うたら、高慢の鼻をひしいで呉 れんと待っていた。それから二月程すぎて和田街道でピタリ出合がしら、
「佐兵次でないか、露藤者というと油断はならんて」
「旦那、申訳がない、私も忙しいもんだから、つい失礼した。今日は廻って作っ て行こう」
「そうか、それなら作っておくれ」
 二人同道で彼の家に来た。又藁拵えすると、佐兵次、
「何せ旦那、今日はどうあっても作って行くが、祝いだから、一本馳走になろう」
 そうかと又酒の仕度一本は、又一本、ほろ酔機嫌になった佐兵次、又作らんで はないかと案じて来た一家の者、
「祝いは後から沢山お上り、そう酔っては作られんではないか」
「旦那、私は大丈夫、いぢこの二つや三つは酔えば酔うほど手が運ぶから」
 三本四本と馳走になった。
「時に旦那、相談しなければならぬ事が出来た。実はおれの作ったいぢこは何処 も不縁となって実は不吉なものだから、一応話して、よからば作るが」
 家内の者は、その意外におどろいて、
「佐兵や、不吉ないぢこ、もうやめてくれ」
「これは只馳走になった」
と笑いながら同家の門を去ったのであった。
〈話者 鼠持平内〉
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