4 虱子 (しらみ) 五升の質入れ

 風彩が振るわなかったが、頓才勝れた佐兵次、今日は和田に寄寓したかと思え ば、明日は新田、気のむくときは幾日も逗留して、百姓仕事を手伝い、人々から は可愛がられた。
 秋は訪れ、和田群山に雪が降り初めても佐兵次は浴衣一枚着ているのを見ては、 可哀相な事よと綿入れを新調して呉れたり、又着古しの綿入れを貰う事も度々で あった。己れは浴衣で沢山とて身にまとわず、寒さに泣く人を見るときは惜気な く恵んだ。ある時は高畠の質屋に行って小遣銭にかえった。こんな関係上、高畠 の質屋とは懇意の仲であった。
 ある晩秋の一日、舟橋村の豪農黒田番内から新調の綿入れを貰ったので、小遣 銭にせんものと、例の高畠の質屋へとやって来た。顔なじみの番頭、何と思うた 戯談半分、
「佐兵や貴様の綿入れには過ぎた綿入だなぁ、しかし佐兵の綿入れだから虱も おったろう」
 佐兵悪びれもしないで、
「はい、虱も質入れするなら五匹と記さんか、十匹と記さんか」
 という。
「番頭さん五匹十匹は面倒、五升と記してくれ」
 番頭は面白半分に虱五升の質入れと記した。質受けの小切れを手にして、悪び れもせず、すたすたと帰った。佐兵次が帰ると店では、
「露藤の佐兵は八っ張り名物男だな」
 とはやして居た。
 幾日が過ぎた頃、佐兵は店の前に顕われた。何より先に頭にかれたしまの財布 を出す。珍らしく沢山の金が入っている様子、
「番頭さん、先頃はお世話になって、今日は旦那様の法要に行くんだが、綿入れ がなくて案じておった。幸い金は出来たから貰いに来たよ」
「余り早かったな、佐兵次」
 番頭は質蔵に入って、佐兵次の質入れした綿入れを持って来た。
「佐兵や、これ渡すぞ」
 佐兵綿入れを受取って居ったが不審顔、
「番頭さん綿入れはこれに相違ないが、虱はどこだ」
 番頭、笑いながら、
「佐兵や戯談だったよ、そんなものは有りやしない」
 しかし何と考えたか、そんな事は聞かぬ。
「番頭さん何を言うんだよ。質入れの小切れにも、この通り虱五升と添書あるん だよ、たしかに預けた筈、今日はどうしても貰って行かなければならない」
と頑張って聞かぬ。番頭がいくら弁解しても帰らぬ朝はいつか昼になった。
 けれどもおとなしい佐兵、今日はどうした事かいつかな聞かない。これがため 店は騒然、夕刻、用事あって外出した店の主人が帰って来た。この有様を見ても 流石は大家の主人世情にたけて居た。
「これは佐兵次さん、番頭は申訳のない事をした、実は虱を土蔵に入れて置いた ら皆はい出し、今更集めるに困難だ。番頭の不注意は己れの不注意この通り詫び るから、虱を金にかえて呉れ」
 と一包みの金を佐兵次の前に置いた。さすがは大家の主人であった。今迄笑顔 一つしなかった佐兵次、
「旦那様なら話せる、番頭さんなら、如何にしても虱は貰って行くが、旦那さん なら、是の侭帰るよ」
 と、金には目もくれず、綿入れをかかえて家に帰った。此の事あって以来、高 畠地方では佐兵次をさげすまなかったという。
〈安政年間頃の逸話・安部喜兵衛〉
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