6 水遁の術

 町のけちんぼの商人の土蔵を破ったときのことです。知らせを受けた役人は、 一目でこれが伊佐の仕業とわかり、彼の家をとり囲んだのは、一仕事終ってよう やく伊佐が寝床に入った、寅の刻のことです。
 その伊佐のことですから、右の目が眠っていても、左の目はカッと開いて見張っ ていたのでした。
「しまった、ばれたか」
 と言いながら、彼は役人の囲みを破って、どんどん東の山をめざして逃げ出し たのです。「それ逃してはならん」「御用、御用」と提灯が追って来ます。こうなっ ては行手は川にさえ切られ、その橋はぎっしり役人がつめかけています。もう一 方の山が壁のようにさえ切っているのです。伊佐は大きな堤を前にして、どうし ようかと考えているうちに、すぐうしろに迫った役人を振り切って、ドブーンと 大堤の中に飛び込んだのです。
「馬鹿な奴め、こんなにたくさんの役人の中に、ポッカリ浮かんで来て、ずぶぬ れになって捕まる格好は、伊佐らしくないぞ」
 役人はもう伊佐を捕えたつもりになって、大堤を取り囲んだのでした。ところ がどうでしょう。いつまで待っても浮かんでこないのです。湖面は小波一つ立た ないのです。
「こりゃ、伊佐の奴、おぼれたかな」
 夕方になって、役人も仕方なく帰ってしまいました。するとノコノコと堤から 這い出して来たのは伊佐だったのです。
「なぁに、一日や二日は平気だよ、ガゴ葭 (よし) の節を抜いて息をしてたんだ」
 というのです。
(安部忠内)
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