22 旦那に行きたくない金

        (1)
 あるとき、魚屋さ佐兵が稼ぎに行ったど。そして給金もらうときになったれば、 その魚屋の旦那が金出して、
「銭、銭、佐兵のどこさ行きたいか、行きたくないか。行きたくない?ほんじゃ この次だごで」
 て言って、馬鹿にされて銭もらわんねがったど。
「ほんじゃ、仕様ないごでな」
 て、戻って来たずま。それから時過ぎてから、その魚屋さ佐兵が行って、
「今日は御祝儀の特別の注文の魚だほで、おれの言うように切って呉ろ」
 ていうことで、とんでもない形のものばり切らせたもんだど。そして、
「なんぼになんべ」
 て、佐兵から言われて魚屋の旦那、勘定して、
「この勘定はこうだ」
 て言うど、佐兵は財布を出して、
「銭、銭、旦那どこさ行きたいか、行きたくないか、なに、行きたくない?ほん じゃこの次だごではぁ」
佐兵に仇とらっじゃずま。
(川井弥右ヱ門)
         (2)
 むかし、鱒だの塩引だの生鱒なの、珍らしくて買わんねから、魚屋の前通っど、 こうして見る人 いっぱいいたんだど。佐兵も見っだのだど。そして佐兵は、こう して見て、あまり珍らしいがって見るもんだから、その魚屋の旦那が、
「佐兵、佐兵、そがえに珍らしいか」
「珍らしい、珍らしい」
「食ってみたくないか」
「食ってみたい」
「買わねが」
「高くて買わんねもの」
「佐兵だから、余の人でないから、五文にまけんべ」
 て言うたど。そうすっど、喜んで五文にまけんべと言うもんだから、まさか銭 持っていたと思わねも、ボロ衣裳ばり着て歩 (ある) っからなあ。ふところから出したど。
「はい、五文」
 て。そうしたらば魚屋、いたましくなって、
「ほんじゃ、佐兵、ちょっと待ってろ、まず」
 そして、その魚さ行って、
「鱒、鱒、まず佐兵さ買わっで行んか、行かねか、行かね?行かね…佐兵、悪い ごんだげんども、こんどの切り魚、佐兵どこさ行かねて言うぜ、仕方ないから今 度の次まで待ってで呉ろはぁ、こいつは分んねなぁ、こりゃ」
「んだか」
 て、佐兵は五文の銭持って戻ったって。そしてこんどすばらしい若衆の振舞い の注文受け取って持って行った。そしてどっしり整わせて取りに行った。そして、
「その銭、なんぼだ」
「なんぼ、なんぼだ」
 その銭、ぞろっと出したど。そしてその旦那が銭とる気になったど。
「旦那、ちぇっと銭に用がある。銭、銭、屋さ行んか、なじょだ。銭なじょだ。
行かね?銭が行かねて言うぜ。銭」
 て、銭ガラッと持って来て、返報がえしさっだど。まず佐兵は狐みたいに返報 がえしのしねぇことざぁないがったど。
(近きよ)
         (3)
銅屋町あたりででもあったべぇ話よ。まず。そして魚の注文したそうだ。魚切っ たげんども、それ、身成り悪がったがらだか、
「魚、行んか行かねが…」
 て言うたそうだ。
「行かねか、佐兵兄 (あ) んにゃどこさ行かねか」
 て止めたそうだ。そしてこんどぁ、忘 (わ) せた頃行ったそうだ。魚いっぱい切らせ てよ、三角だの四角だの、いっぱい切らせたど。そうすっど銭出して、
「銭こ、行んか、行かねか」
 て言うたど。
「はぁ?行かねど」
て、仇 (かたき) とりしたど。佐兵にかたきとらっだど。
(黒田てつの)
         (4)
 結婚式、佐兵の部落であったそうだ。
「結婚式には、魚買いに行んごんだれば、おれどこやってくんねぇか」
て、佐兵はこつなしなもんだから、行ったそうだ。最初はボロ着物きて行った らしいんだな、行ったのは、和田に名取屋という大き屋あったそうだ。「こん にちは」て、に行ったそうだ。そうすっど二品三品そろえてから、番頭は、
「佐兵、あんまりボロ着物きてで、金持ってたが」
 て言うたど。
「へぇ、ボロ着物きてっど、金持たねと見てんのか、おれぁボロ着物きてっから」
「金もたねて言うんなら、売らんね」
こう言うように、番頭さん言うたそうだ。 魚屋 な 「売らんねごんだら、おれぁ、今日帰るはぁ、売らんねもの欲しいざぁないから」
そして買物半端にして帰って来たど。こんど一週間ぐらいしてまた行ったらし いんだな。こんどはまずええ着物きて行ったど。「こんにちわ」。こんどはいま一 ぺん、服装悪いがら買わんねがったこれ、ええ着物きて行ったんだど。そうして 鯉から刺身から一切結婚式用のお魚全部そろえて切ってから、
「こんどはできました、佐兵さん」
 て、番頭に言わっでから、
「できたか、勘定」
 て、札整えてやるとき、札さ、
「お前、ここさ、おれ魚買ったから、行んか、行かねか」
 て、札に聞いたど。
「いや、の番頭さん、札に聞くど、銭はここさ行かないという、行かないと 言うごんだら、これは、札は行かないというんだから、おれは放すこと出来ない んだ。こんじゃ駄目だ」
魚屋 て、魚全部みんな切ってから、そう言うて買わねで来たど。そうすっど魚屋は とんな目に合ったど。かたき取らっだんだど。
(渡辺金五郎)
         (5)
 高畠さ、魚買いに行ったど。そうすっど、ボーロク衣裳着ったったどな。そし たれば、「魚呉ろ」て切らせて、その番頭が悪いんだもの、いっぱい切って佐兵が 銭出したれば、
「ちょっと待って、魚に聞いてみっから、魚、魚、佐兵どさ行 (い) んか、行かねか」
 て言うたら、
「佐兵どこさ、こりゃ行きたくないてだものなぁ、佐兵」
 て、売ってよこさねてだものな。
「そうが…」
 て来たもんだそうだ。佐兵は、よっぽど経ってから、ほとぼり覚めてから、こ んどぁ立派な衣裳着て、旦那は、
「佐兵なんだ。いつもよりええ衣裳着てきたな」
「いや、今日は旦那どこの御祝儀で魚いっぱい買ってこいというもんだから、お れぁ魚買いに来た」
 て、こう言うわけだ。
「ほうか、ほんじゃらば、佐兵、いっぱい買ってって呉ろ」
 て、さまざまな刺身だて切らせてよ、そしてまず、佐兵ぁ、出た頃みな整った 頃銭出して、
「ああ、銭、銭、このさ行んか、行かねか」
 て聞いたごんだずもな。
「何だか、こりゃ行きたくないていう、今日は…」
 て、そしてはぁ、やめらっでしまったど。さんざん切らせらっで…。
(安部茂次)
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