18 酒の篭抜け

       (1)
 むかし、上杉さま領の頃、深沼・屋代さ行くど、御領だったから、高畠ではう んとゆるやかな御年貢だったど。米沢では少し餓死になっど、酒造んな、着るも の着んなとうんと厳しいもんであったど。
んだから、深沼の番所ではみな改めが厳しがったど。佐兵はこっちで酒造らん
 ねどき、御領ではどんどん造っているもんだから、御領さ行って酒樽を持って来っ ど、とがめられっから、佐兵は、
「一つ、あの役人野郎べらさ、小便飲ませて呉れんべ」
 どて、酒樽さ小便詰めて持ってきた。そうすっど、
「その樽、なえだ」
「小便だ」
「この野郎、嘘つかして、小便なんて樽さつめて背負って歩くめぇちゃえ、酒だ べ」
「ほんなえ、小便だ」
 役人が取っかえして、飲んでみたば、やっぱり小便だった。
「この野郎、太い野郎だ」
「ほだて、小便だて言うに聞かねで飲んだんだもの」
 そうすっど、次から酒を詰めて背負って来るげんども、
「あの野郎、また小便飲ませられっど悪いから飲むな」
 て、酒を持って来ても通したもんだど。
(高橋照太郎)
       (2)
 番所に、米沢から役人が来ているわけだ。そっから向うは御領、こっちは米沢 領。向うからは酒だのぜいたく品がこっちさ流れる。そういうことはさせらんね ごとになっている。そうすっどみんなだ、ええ酒欲しいもんだから、松川の頭 (かしら) を 来たり、いろいろ関所破りみたいに来たもんだげんど、佐兵ばりは、小便の澄ん だとこ樽さ詰めて、そうすっど、
「なんだ佐兵、背中さ背負ってだもの、なんだ」
「こいつぁ、小便だ」
「何だ、小便、樽さ詰めて歩くものいたか」
「いや、小便だ」
「降してみろ」
 その侍が、ちょっとさぐって飲んでみた。
「何よ、本当に小便だ」
「んだから、小便だて言うたどら…」
 佐兵は有名なもんだから、戻したっても始まんね。
「馬鹿野郎にも程がある」
 なて、おんつぁっだ。
 それからざぁ、佐兵は毎日毎日、樽で今度は本当の酒運んだど。
(近きよ)
        (3)
 ここ、むかし、上杉領と屋代郷は御領で、こっちは私領だった。そいつでそれ、 上杉さまの方がおつめになったべ。そんで着るもんから何から、すっかり差別さっ じゃわけだったべ。
 奢っては駄目だ。奢んなと奢侈を止めらっじゃということだべな。
 そん時、向うの御領の方では酒も飲まれるし、着物だってみな着るも着られっ かったげんども、私領の方は木綿以上のものは着ては駄目だということ、禁じらっ じゃもんだど。それから酒だって飲まんねし。そん時、その御領の方さ行って酒 もらって来なければ、飲まんねわけだから、そこだって役人に見つけらんねよう にして忍んで行かんなねわけだもな。ここの部落抜けて、向うの屋代さ行くどこ に橋あったもんだっす。そこ番所というもんだ。
 あるとき、大きな桶背負って、佐兵がよ、桶の中に小便入っで、背負って来た ずなごでな。そうすっど、
「誰だ」
「はい、佐兵でございます」
「何背負って来た」
「小便だ」
「小便でないべ、酒だべ」
「酒でほんね、小便だ。そがえに疑 (うた) ぐっこんだら、開けてみっか」
 して、開けたというごんだ。やっぱり小便だったわけだ。んだげんど、色はちょっ と似てんべ、ほだから、
「飲んでみろ」
 て言わっだど。
「おら酒嫌いだし、そいつぁ小便だから」
 て言うて、役人に飲ませたど。小便だもんだから、役人だも困ったごでな。そ してこんどは本当の酒背負って来たのよっし。そしてその手でまたとがめらっ じゃごで。そうすっど、
「今日は酒だ」
「酒でないべ、小便だべ」
「酒だずば」
 て言うげんど、本気にすねごで。
「ええ、通って行け」
 て言わっで、そこ無難に通って来たど。…という話。
(川井宝衛)
       (4)
ここは御領と私領だから、和田の御領の方から行ったもんだったんだな。佐兵 というのは…。糠野目の番所あって、酒は私領にはなかったんだずもな。「酒欲し い、酒欲しい」て言うもんだから、酒持って行ったそうだ。そうすっど酒持って 行って、番所通って行くには、ただもの持って行かんねがった。
「一つ、小便で誤魔化してやろう」
 て、誤魔化して、
「この前、佐兵小便だった。また今日も佐兵小便ずうもんだべな」
 て、五六人の人で見っど、やっぱり小便であったどなぁ、そして、
「これは、ただ者でない、馬鹿だ」
 て、関わねがったど。そしてかまわんねもんだから、三回目、四回目に本当の 酒を背負って、ダンボさつめて行ったんだな。そうすっど、
「あんな者は、なんぼ行ったて、馬鹿だから、かまわねんだ」
て、そして何回とも酒を背負って、懐こやしていたけど。
(渡辺金五郎)
       (5)
 ここは上杉扱いでないから、酒は造らっじゃんだな。私領て言えば、糠野目の 方、あっちは造ってなんねがったど。そうすっど、佐兵は何を考えたもんだか、 商人して食うど思って考えたもんだか、新しい小便桶ゆずってもらって、まいど はダンボというのだったな。それ作ってもらって、それさ小便汲んで行ったわけ よ。そうすっど、お役人、
「なんだ、佐兵、どさ行ぐ」
 て言うた。
「おれ、小便汲みしったんで」
「おいこら、テンツ野郎だ、にしゃ、お役人をだまして通して、酒売りに行くな だべ、下 (おろ) してみろ」
 て言うわけよ。
「小便だず、お役人さま」
 聞かねわけだ。
「汚ないから、触んねでもらいたい」
 て言うわけよ。
「いや、にしゃ、テンツだから、下してみろ」
そしてまず、お役人にかなわねんだから、お役人が飲むまいげんど、口あたり までやってみたれば、小便だど。そしたら二度目から、
「何もって来た」
 て言うど、
「小便だ」
 て言うど、お役人が、
「おろして見ろ」
 て言わねがったど。二度目から本当の酒もって行って売ったそうだもな。人相 というものは馬鹿面 (づら) してっかったそうだもな。佐兵は…。んだげんども、とぼけ たこと語って明るいがったずもな。
(安部茂次)
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