33 人魚女房

 むがすむがす、浜辺に仙吉という人が住んでいだっけど。ほの人が一生けんめい魚獲ってきては、売って生業(なりわい)としていたわけだ。
 て、ある時、何だが、その日に限って、どっちに網打っても一匹もかからね。
「へえ、不思議な日もあるもんだなぁ」
 まず商売はじめてから、こだごどないっだ、こりゃと思って、また別の方さ行って網打った。何だか重い。一生けんめい引上げてみて、おどろいた。何と人間が掛ってきた。「ありゃりゃ。人間だ、こりゃ」て。
 見たら、しかも若い娘だった。仙吉もほれ、もう年頃であったもんだから、十分に関心があったわけだ。て、目つむってる。
「何かおぼれたんであんまいし」
 と思って、そして胸をはだけてみたら、胸の盛り上がりがすばらしくきれいだった。下の方みておどろいた。下の方がコケラだった。
「あらら、コケラだ」
 なているうち、ほの娘さんが目さまして、
「わたしを救っていただいてありがどうさま」
 ていうわけで、
「ゆえあって、わけは話せませんけれども、何とかわたしを、ここの次の次の岬さ放していただきたい」
 て、こういう風に言うたって。そして見たら顔のきれいなこと、まず竜宮の乙姫さまみたいな、天女みたいなきれいな娘だったど。んだげんども、人魚だべす、そこさ放して呉ろて()っだもんだから、言うがままに、仙吉がそこさ放してやるわけだ。
 ようとして一週間、十日すぎた。
 したら、きれいな小娘がきて、ほして、
「何とか、泊めてもらいたい」
 こういう風に一夜の宿を請うたわけだ。見だら、ほら、この前見たような娘のようでもあるし、きれいだなぁと思っていたもんだから、
「泊らっしゃい」
 ていうわけで、泊めたわけだ。ほうしたら掃除、洗濯、ばたばた、ばたばたて、何不自由なくて、ほして、ある時、どちらかともなく結婚の話合いが始まるわけだ。ほして二人が結婚した。ほんどきの条件として、〈決してわたしがお湯さ入っどこ覗かないでもらいたい〉と、そういう風に言うたど。ほしたら、嫁さんが、
「旦那さま、今日はどこそこに網を打ちなさい」
 ほこさ行って、網打ってみっど、高級な魚ばりだって、鯛とかヒラメどかて、高いものがいっそう。
「明日はどこに網を打ちなさい」
 一々教える。高いものいっぱい獲れるもんだから、たちまちにして産をなしてしまった。金持になった。それをこんど、今までの網元がねだんだ。
「かまねで置ぐど、おれの数倍大きくなってしまう。この野郎、どうしてああいう風に大きくなんべ。なぜ知ってんべ」
 て。ところが噂ていうな恐ろしいもんで、
「仙吉に来た女房のせいだ。あいつぁ、女房に何か仕掛けあるんだて、きっとあれは人魚だかもしんね。んでない限り、ほだえほだえ雑魚のいるどころ分かるわけない」
 て、ほして、仙吉ば呼ばて、ほして、
「お前のかが、人魚だかも知んない」
 そう()れれば、ガクンと来て、仙吉も、前に自分も人魚を網ですくったな、こころへあるもんだから、「んだらば……」ていうわけで家さ帰って来た。お湯さ入ったどこ、そおっと覗ってみるわけだね。やっぱり人魚だったて。腰から下が魚だったて。たけぁ、そいつ見らっだ女房が、
「あんた、あれほど約束したな、なぜ見でけだんだべ。人魚というものは、人間とちがって、魂ていうなないんだ。もう年令(よわい)は三百年あっけんども、死んでしまえば、海の藻屑、泡になって、ただ消えてしまうんだ。人間は死んでも骨が残り、魂が昇天するんだ。わたしもあなたに見らっでからは、元の人魚になって、ほして、海の藻屑と消えるより他にないんだ。これでおさらばでございます」
 ていうわけではぁ、ほっから海をずうっと行って居なぐなってはぁ、ふうっと気付いてみだら、今までの富もはぁ、何にも無ぐなって、元の仙吉になっていだったて。
 んだから、見んなていうことは、見らんねし、すんなていうことはさんねもんだて。昔は人はいうたけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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