31 ナマズと大助

 むがすむがす、関東の方に大きい沼があって、ほこに主がいて、何だかそこの主があばれるていうたらええっだが、少し動くど、地震が起きて困った。
「きっと、妖怪変化がいたに相違ない」
 て、時の殿さまが、ほれ、〈妖怪変化を退治した者には、存分の褒美をつかわす〉て。
 ほして、あるいは剣客、あるいは一丈ゆたかな男が行って戦っても、いつの間にか渦巻ができて、ほこさ呑み込まっで、帰ってきた者がいない。不思議なことだ。ほしたらあの人が、
「あばれるたびに地震になるのでは、その妖怪変化の正体はナマズであろう。よし、おれが行って退治てやる」
 ほして、長い刀だと両手で戦わんなねがら、この沼とか、水上、水中では不利だと。片っ方で泳ぎながら、片っ方で刺す短剣がよろしいと、こういうこと聞いでる。それからナマズに問わず、魚類は自分より大きい者には手向いしない。自分より長いもの― フカなんかもそういうことが多分にあった― んだもんだから、それを聞いだ大助という人が、赤い褌を巻いで、口には懐剣をくわえて、ほして、そこさ飛び込んで行って、赤い褌の端を三丈も四丈も流した。ひらひら、ひらひらと流して泳いで行った。はいつ見っだナマズは、ぶったまげた。
 自分がこの世で一番大きい勘定しったのが、自分よりも長い、しかも真赤な、ひらひらとして、ゆうゆうと泳ぎ廻るもんだから、不思議なもんだと思ったらしくて、ほして、一回、二回泳いでいるうち、ほれ、見物人だ、
「あらら、あの人も()っでしまうはぁ、いま少し(つうと)で死んでしまうべなぁ」
 て見っだ。ところが、ナマズが不用意にゆうゆうど出て来たどころを、四畳半もある褌で、ぎりぎりまきに巻いて、こんどは巻いだどこさ左手でしがみついて右手の懐剣で、めった突きにそのナマズ突いだ。ほしたら、さすがの沼の主も、()っからがっていんべし、突がっでいんべし、何とも仕様なくて、グランと白い腹を見せでしまった。ほしてその大助という人が、ぐいぐい、ぐいぐい岸の方さ泳ぎながら引張ってきた。
 ほうして、殿さまがら、あっぱれていうわけで、扇で()っで、すばらしく御褒美もらたった。
 それがら、この地方さ、あまり地震ていうのないぐなった。こういう風にいうたけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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