28 坊さんと尼さま

 むかし、ある山里の一軒屋に峠を下りた坊さんと明日越えようとする尼さんが、偶然泊り合わせました。人のよいおじいさん夫婦は、
「お一人でもええ供養になる。二人そろってお泊り合わせとは珍らしいことですわい」
 と、大喜びです。心づくしの夕食もすみ、秋の夜長のつれづれに囲炉裡をかこんでの話がはずみます。坊さんは青雲の大志を抱いて郷をとび出し、高野山にのぼり、多年のきびしい修業を過したが、残念にも試験にはずれ、止むなく廻国修業に出たことを語り、「一生の修業ですわい」と語れば、尼さんはきれいな顔を上げる。夫婦仲よく人もうらやむ暮していたが、フトした風邪がもとで最愛の夫は、あっという間に死んでしまい、子どももいないので、つくづく世の中がいやになり、黒髪を惜しげもなく断ち切り仏門に入り、菩提を弔うために諸国の寺々をめぐり歩くことを話すのです。
 一しきり話が済んだあと、
「それでは、隣の室に休んで頂きますわい、ただ見られる通り一と間しかないため、きゅうくつでも割り込みで我慢しなされ」
 と言うと、
「行雲流れ樹下石上の我らが身、何の不自由なことござりましょうや」
 と、共々礼をいって次の室へ立つのでした。
 夜中に尼さんは身にのしかかるような重さを感じ、目をさました。はっと目をあけてみると、道心堅固なはずの坊さんです。尼さんとて、かつては夫の愛撫をうけた身です。
 しかし今は仏に仕え、夫のめいふくを祈る身、それに耳ざとい老夫婦も隣の間におります。それで和讃風に静かに目をつぶって唱えました。
   道心坊寝ンぼろげて尼ァ貝子つついた
これを聞いた坊さんはすごすごと退陣したそうです。
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