26 髪の毛を抜かっだ話

 むかしあるところに人を見さえすれば化かし、髪の毛を抜いて丸坊主にする悪狐がいました。人々もこれには困り、何とかして捕えようと陥穴を作ったり、ワナを仕掛けたりするが、年を経た狐とて、仲々その手にはのりません。お互に注意し合って化かされぬように用心する外ありません。
「これこれ、お前たち、晩方早く家に帰るんだぞ」
「一人で森の中なんかに行んじゃないぞ」
 と、子を思う親たちは口を酸っぱくしていうのでした。
「おれたちは化かになどされんぞ」
 と、元気のいい太郎・次郎は大いばり、力み返って原っぱで遊んでいます。するとはるか離れた所に、狐が桟俵をくわえて現われたのです。なんだべと思って見ていると、それを負(お)んぶするのです。子どもをおんぶする子守女に化けて、スタスタ来るのです。「しめしめ、化けたな」と隠れていると知ってか知らずか、通り抜けて行きます。「どこさ行くか行ってみんべ」と二人で後をつけて行きます。「只今ぁ」と一軒の家に入りました。「おお来たか」と、その家のお母さんが出てきて、子どもを受け取り、オッパイをふくませます。物かげに隠れて見ていると、すぱすぱお乳をうまそうに吸う様子。それをいかにもかわいい気に見守るお母さん、何も変りありません。
「おれたちは確かに見たぞ、狐に違いない。よくもあの母さんをだましたな」
 と、義憤にかられてムラムラとした二人は、いきなり飛び出して、「こいつ奴」と、止める間もなく棒切れで子守っ子と赤ん坊をなぐり殺してしまったのです。われに返ったお母さんは半狂乱になって責め立てるのです。
「大事な坊やを殺して、どうしてくれるんだ、元通り生かせ」
 と、つかみかからんばかりのいきおいです。
 この騒ぎを聞きつけて、隣の家の人が駈けつけて来ました。
「なるほど、人を殺したんだから、自首するのが当り前だ。だがそうしたって殺された者は生き返るんじゃなし、ああ、そうだそれより、和尚さんになって菩提をともらってやっては…」
 と言うのでした。先刻のいきおいはどこへやら、すっかりしょげ切った二人は自首して処罰されるよりは、後生を弔ってやった方がいいと早速剃ってもらいました。そんな格好じゃ駄目だと、着ていた着物を脱いで、墨染の法衣に着かえ、可愛らしい青道心の姿となり、トボトボと旅路につくのでした。「どうした」と人にきかれて、夢からさめたようにあたりを見廻すと、元の原っぱ。髪の毛はすっかり抜かれていたそうです。
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