9 狸むかし

 むかしあるところに、惣太郎つう稼ぎ者ぁいだったど。山手の百姓なもんだから、田も沢山作っていないし、稼ぎ好きだし、先に取入れも終して、今年も泊り山して、カンジキ作りに精出していたど。
 その晩げも素性のええコシアブラの生木を一本一本火にあぶっては曲げ、あぶっては曲げていたど。そしたら、「今晩わ」て人の来た音すんなだど。出て見たら見たこともないじじさ立っていたずも。この山越して向うの方さ行ぐかと思ったら途中ですっかり暗くなってしまった。行げば行かんねこともないげんども、ちっと気味もわるいし、今晩一晩泊めてけんない(呉れない)か、ていうなだど。人のええ惣太郎は、
「お互さまだ、ええどこでない」
 と中さ寄せたど。
「いやぁ、今日ぁ、ひどい目に会った」
 と、道間違って、とんでもないところさ入り込んだ話、今年の作のよしあしなど、いろいろ話し合ったど。
 そうこう話してるうちに、手ぇ休めず一生懸命に曲げ方するなだど。そうしているうち、そのじじさ、薮漕ぎして濡らしたタチツケなど脱いで乾かしていたったけが、大事なキンタマなどまで出して、当り始めたなだど。そげなことぁ、野郎同士で格別無調法でも珍らしいことでもない。だんだん温っためては伸ばし、温っためでは伸ばしで、莚のように伸していったけど。後から考えっど、それで惣太郎を包んでしまう気だったでないかちうごんだ。
 そんどき、思い切り曲げた木、手っぱずっで、片手離したからたまんない、熱い灰(あく)ぁ、ばっと、伸ばしたところさ掛ったど。ものすごいウナリ声あげて、外にすっ飛んで行ったど。やっぱり、ちいと様子ぁおかしいと思ったら、化けものだったかと、次の日、足あとを辿って行ったら、大きい狸ぁ穴さも入れず死んでいだっけど。
 人の心を悟る化けものも、何にも考えなしにやられては堪んないんだな、とよく年寄は言っていたもんだけ。
>>お糸唐糸 目次へ