5 蛇っ子(蛇聟)

 むかしあるところに、親娘三人住んでいだったど。何しろ一人娘なもんだから大事に大事にして育てらっじゃど。その娘も年ごろになったもんだから、あっちの息子、こっちの舎弟と、仲人されるげんども、さて貰うとなると、仲々ないもんで、ああだ・こうだて、決らない。仲人もひとさかりというもんだから、せっかく語られるうちにきめたいもんだと親たちは気ィもむげんども、こればりは無理押しつけづう訳にもいかない。
 ところが、この縁談のはかばかしく進まないのも、娘にいい人があるからだと判った。まだまだオボコだと安心していたのに、情夫(おとこ)があると判ったもんだからびっくり仰天してしまった。さまざまになだめすかして相手は誰だと聞くげんども、ほんとに知らないんだか、また知っていて隠すのだか、決して言わながったど。そう聞いてからは、なじょかして見あらわして呉れましょうと、毎晩げのように様子伺ったげんども、二度と来なかったど。そのうちに娘の様子ぁ可笑しいて、女親が気ぁついだど。大っきいなりしてるなだって判ったときぁ、もう七月八月の頃の見かけだったど。相手ぁ誰だか判んねぇな気に掛かっけんども、一人娘のことだ、無理なことぁするでないぞ、重たい持物(もの)、持(たが)かんねぞって気ィつけらせ、時々オババ(産婆)にも見せていたど。
 そのうちにいよいよ、生(な)し月になったど。そして今日か明日かて待っけんども、一ころ生(ん)まれる気振りもない。オババも毎日のように詰めかけるが、生(な)しそうにない。
「こりゃ、おかしいぞ」
 て、そこは何人も手がけた産婆のことだ。菖蒲とヨモギ刈って来て、お湯立てて、娘に入らせたど。そしたば何としたことだべ、お湯から上ると間もなく、生まっだな、蛇っ子だったど。それもウヨウヨと何匹も出てきたど。今ちっとかまわねぇと、腹ぁ食い破られっとこだったど。それから五月のお節句に、毒掃いに菖蒲湯に入ることになったつうごんだ。
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