4 和尚と小僧

(2)ええかんとプウプウ
 ある寺に、小僧を二人もった和尚さんがおった。仲々洒落好きな和尚さんであった。『葷酒山門に入るを許さず』などという山門前の石碑の手前、あまり大っぴらには飲まなかったろうが、飲みたくてたまらない。毎晩、小僧どもを寝かせてから、一人で庫裡の囲炉裡に『いびり燗』を温めて、チビリチビリ飲むのが、何よりの楽しみであった。熱い灰の中から取出したいびり燗徳利の口をあけるとプーンと香う。いきなり入れものに口をつけて、プウプウと、ついている灰を吹き落し、「ええ燗、ええ燗」と目を細めながらチビリチビリやるのが癖であった。広くもない寺のこと、これが隣に寝ている小僧らの耳に入り、鼻に匂わない訳にはいかない。分けて兄弟子ともなれば、飲みたいさかり、咽から手が出るほどだが、厳重に印しをつけておくので、盗み飲みするわけにはいかない。
 一計を案じた大きな小僧、小(ち)っちゃな小僧に耳打ちして、その次の朝、
「和尚さん、和尚さん、私共の名前を変えて下さい」
 と頼むのであった。
「どうして名変えなど…」
 といぶかるのを熱心に頼んで代えてもらったのが、「ええかん・プウプウ」だった。不思議な名前だと思いながら名前を変えてあと見送ると、二人は、
「おい、ええかん、なんだプウプウ」
 と、くったくもなく笑い合っている。
「変な名前だ、がまぁええや」
 と、そこはのんきな和尚さん、気にもとめない。
 さて、その夜、いつもの時刻になると、和尚さんの一人酒盛りが始まる。火所(ほど)から取出したいびり徳利、いつもの癖で「プウプウ」と灰を吹き落す。燗の口を抜くとプーンと頃よいおカン加減、
「ああ、ええ燗だ、ええ燗だ」
 と独り言すると、いきなり間の戸を開いて、
「和尚さま、何用でござり申すか」
 と、口々にいうのだった。
「いや、あまり寒いので、お前たちにも飲ませっかと思ったんだ」
 と言うたどさ。
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