20 名刀蛇切丸由来(伝説)

 山形県の最北端、真室川町字新及位 (のぞき) に高橋作右ヱ門という家がある。ここに現 在、蛇 (じゃ) 切 (きり) 丸という名刀があり、その名刀にまつわる伝説が三つ残っている。その 一つは次のような話である。
 現在の高橋作右ヱ門氏より八代前に、やはり作右ヱ門という人がいた。その人 は文武に秀いでた人で、山深い及位におっては、よい修行が出来ない、なんとし ても諸国を廻り、その道の達人に会って、教えを請わなければというので、家を 出て、諸国の賢人、達人を求めて修行を重さね、三年後に帰国の途についた。
 帰路は秋田県の本荘から、山また山の鳥海山麓矢島に行き、更に次 (じ) 年子 (ねご) を越え、 こしき峠を越えて帰ることにした。
 山道を歩き続け、やがてこしき峠にさしかかったが、このこしき峠の北側で、 秋田県側の峠近くに「びっき沼」という沼があるが、そのびっき沼まで来て、疲 れたので、沼のそばの石に腰を下ろして休んだ。
 よっぽど疲れておったのだろう。それに陽気もよかったので、石に腰を下ろす と、ついうとうとと、うたた寝をしてしまった。
 どれ程寝たか分らなかったが、ぱちっという刀を鞘に納める音がしたので、はっ と目を醒まして、思わず腰の刀に手をやった。しかし、異状はなかった。
 これはおかしい、誰か来て俺の剣の腕を試すつもりで、刀の鍔音をさせたのか、 とあやしみ、あたりを見まわしたが、誰もいない。これはどうしたことだろうと 沼の方を見て、あっと思わず驚きの声をあげた。あれ程澄んで、美しい水をたた えていた沼が、真赤に染り、しかも大蛇の体が三つにも四つにも切られて、浮い ているではないか。余りの不思議さに、作右ヱ門は呆然とそれを見ていた。
 やがて作右ヱ門は我にかえって、自分の刀の鍔音がしたのだったと思い出して、 刀を抜いて見た。ところが驚いたことに、その刀に、まだ真新しい血糊がべっと り着いているではないか。
 どうしたのだろうと、その刀を手に持って大蛇の死骸を見た。そして、これは 誠に不思議な事であるが、この刀が独りで抜け出して、この大蛇を切ったとしか 考えようがないと思った。
 これは、この大蛇が、きっと俺をひと飲みにしようとして来たので、この刀が それを見て、鞘から独りで抜け出し、この大蛇を退治して、俺を救ってくれたに 相違ないと思った。
 ああ、なんという神刀であろう。刀が人の難儀を救ってくれるなんて。本当に 有難い刀だ。大蛇を切った刀だから、蛇 (じゃ) 切 (きり) 丸と名づけ、それからはその刀を神と して、大切に祀ったそうだ。今でも高橋家では年に一回、供物を供えてお祭りを している。
 もう一つは、こういう伝説である。
 及位の国道十三号線の秋田県境に、雄勝峠という峠がある。昔は山越えの難所 であった。
 この峠に、何時の頃からか分からないが、雄勝太郎という盗賊が棲家をかまえ、 山形、秋田両県の豪族や大金持に押入り、盗みを働いていた。
 しかし、一般の農民にはなんらの危害も加えなかった。そればかりでなく、飢 饉で百姓が困っていたり、ろくに働き手がなく、生活に困っている人達には、金 をめぐんで、助けてさえやったので、そこらの百姓達からは、神さまのように有 難がられていた。
 ところがその西側で、二里ばかり離れた所に、こしき山という高い山があるが、 その山麓のこしき峠の近くには、蛇切丸という盗賊が棲んでいた。その蛇切丸と いう盗賊はひどい強欲な盗賊で、家来を連れては諸々を荒し廻り、悪業の限りを 働いていた。
 そして、雄勝太郎の縄張りまで荒し廻るので、時々小ぜりあいをしていたが、 遂にたまりかねた雄勝太郎は、ある月夜の晩、家来を連れて蛇切丸の棲家になぐ りこみをかけ、蛇切丸を討ちとった。蛇切丸の家来達は、あるいは討たれ、ある いは逃げたので、雄勝太郎は蛇切丸の棲家に火をかけ、棲めなくしてしまった。
 その時、蛇切丸の持っていた刀は、あれ程戦ったのに、刃こぼれ一つなく、す ばらしい刀であったので、雄勝太郎は、これは名刀に違いないと、その刀を持ち 帰った。そして蛇切丸と名づけて大切に所持していた。
 その蛇切丸の名刀がその後どういう経緯で高橋家のものになったかは分らない が、代々高橋家の家宝として残っている。
 さらに、この蛇切丸にはもう一つの伝話がある。
 雄勝峠には、何時の頃からか分らないが、雄勝太郎という山賊が棲んでいた。 この山賊は義侠心のある男で、弱い者いじめはしないし、そればかりか百姓を助 け、自分がこの難所におれば、他の盗賊の棲家にならず、通行人も悪い奴等にい じめられることがないだろうとがんばっていた。
 だからそこを通る者から、幾らかの金を貰うこと位ならいいだろうと、僅かの 金をもらっていたそうだ。だから村の人には信望があり、頼りにもされていた。
 ところが、その峠の南側一里ばかりの所に、塩根川という村があり、その村の 奥に、がんどう森という山があるが、そのがんどう森に、もと雄勝太郎の家来で よくないことばかりし、自分のふところばかりこやしていたので、追い出されて しまった蛇切丸という盗賊が棲むようになった。そして、百姓をいじめたり、人 の家に押し入っては人を殺し、さまざまな悪業を働いていたということである。
 それを聞いた雄勝太郎は、これを黙って見過ごしてはおけないと、家来をつれ て、ある晩、がんどう森の蛇切丸の棲家に押しかけ、蛇切丸を伐り殺した。驚い た蛇切丸の家来達は、ちりぢりに逃げ失せてしまった。
 その時蛇切丸の持っていた刀が、今高橋家に伝わり、蛇切丸と名づけられ、家 宝になったということである。
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